To the【ars】 (ページ19)

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「武岡くんは私の馬は実は翔が選んでいるという話を聞いたことあるかね？」

「ええ。後輩から……。俄かに信じられませんでしたが」

「本当だよ。私が庭先で紹介された馬は走らない。でもあいつがセリや牧場で選ぶ馬は本当に走った。怪我や病気は見抜けないがアクシデントに見舞われない限りよく走る。そのおかげで馬主でも稼がせてもらったよ。だから翔に相応しいポストを用意すべきだと思ってね」

それ以来だ。
彼にある神の相馬眼を信じるようになったのは。

「あいつの馬を見る眼は天性のモノだ。サラブレッドもそうだがやはり血の成せる技なのかね」

「血、ですか？」

血の成せる技という言葉に引っかかりを覚えた。
櫻井さんは自分の代から馬主を始めたとおっしゃっていた。だから彼の眼は自分の血の方ではないと櫻井さんは言いたいのだろう。
というと奥様の方かと考えるのが自然だ。しかし奥様は競馬場にはまれにしかいらっしゃらなく競馬は主人の酔狂だと言って憚らないと伺ったことがある。
奥様も名家の出らしいが競馬とは縁がない家とこれも伺ったことがある。となれば血って……？

「武岡くんこれは内密にしてほしいんだが……」

今でも何で俺に言ったんだろうと思う。
それだけ信頼してくれているってことだろうけど。

「翔は私と家内の子供ではなく余所で生まれた子なんだ」

「…………」

俺はなんとも言えなかった。
逆にここで何か言える人はいるのだろうか？

「相手の人は牧場の娘さんで翔の眼はもしかしたらそちらの血かもしれないと思った。その方との関係がバレて妻が翔を彼女から奪って養子にしたんだ。だけど家内も自分の子ではないから可愛がれなかった。だから私が翔を競馬場に連れていき競馬の道を作った。翔の実の母親が競馬関係だからせめてものと思って」

「それを彼には？」

「伝えてない。伝えるつもりもない」

俺は重大すぎる秘密を聞かされてしまった。
何で俺に？とは訊けなかった。
俺だったら言っても大丈夫とか口が堅そうとか思われたのかもしれない。
でも櫻井家の秘密をどうすればいいか分からなくて小一時間は悩んだ。

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