No.5 ページ5
彼は直属の上司であり、元々所属していた組織と敵対関係にあった組織を率いた首領、黒瀬剣士の喚き散らした愚痴に無心でインクを走らせていた。
そして敬愛していた元首領の白瀬太刀が戻り、ぞろぞろと其々の仕事場に散った社員に紛れてもぬけの殻だった喫煙所に向かったのは数十分前の出来事。
我が物顔で備え付けのベンチに座り、調子の悪いライターで火を付ける。
形に添って煙草を口に挟んでいるのは年端行かぬ子供で、これでも成人済みだというのだから恐ろしい物だ。
肺を満たすように吸い込めば、重くもふんわりとした紫煙が硝子で隔てられた部屋に充満するのは必然的で、天井に上るそれは宛ら蜘蛛の糸といった所だろうか。
一口、また一口と吸い上げる度に室内の煙の濃度をどんどん上げていく。
これが外での出来事なら即補導物だが、このシューナなら話は別だ。
「…俺も何か食いに行こ。」
短くなった煙草を灰皿に押し付けてこんもりとした灰を残したまま彼、基都甲は喫煙所を後にする。染み付いた煙草の匂いは度々毛嫌いされるが、自身で嗅いでみても首を傾げるばかり
それもそうだ。元より劇物を作り上げる都甲の嗅覚は皆無なのだから。
「せや、居酒屋のおっちゃんにサービスしてもらおっと。何よりあっこは喫煙室あるから有難いわ。」
社員食堂なる物がない訳では無いが、どうも好かなかった。
堅苦しいという雰囲気にはお世辞にも値しない勤め先だが、彼は居酒屋の様な下町のどこか憂いを帯びた外観を好み、またその中に溶け込んでいた。
暖簾を手で退かす様はかなり慣れ、一見子供が入店した異様な光景でも異能力が知れ渡り、また馴染み深い常連客であれば周りも気にするばかりか話を持ち掛ける程だった。
「おっちゃん、焼き鳥ちょーだい。」
「佳斗君、いつもそれだけど飽きねぇのか?」
「自分でやっとるお店なんに随分自信無さげやなぁ、何かあったん?」
「それがな…って、何もねぇよ。」
「でも相変わらず奥さんの尻に敷かれてるらしいじゃないですか。」
「それは…」
話に割って入ってきた隣のスーツに身を包む男を咎めることなく会話を見送る。
言葉を濁した店主はその黒真珠を都甲に向ける事無く注文していた焼き鳥をことりと置いた。
照明の下、燦々としたタレを纏った鳥腿肉に刺さった串を持って小皿から引き剥がし、そのまま貪る。
しかし、べとべとした感覚に少し不快感を覚えたのか、親指と人差し指に付いたタレを器用に、それでいて低俗に舐め取った。
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