好きと推し【江口拓也】 (ページ20)

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江口は暫く固まっていて…そして、ゆっくりと息を吐いた。

「別れるなんて、絶対しないよ」

ハッキリとした意志を感じたその言葉に思わず顔をあげる。

貶されることも、別れることも覚悟していたことだった。

「夢や目標を見つけた人は、本当にそれ以外やらないんだ。…身をもってわかってる」

無理だと言われ続けて、それでも声優として生きる彼の言うそのセリフは私からしたらとても重たいものだった。

「だからAの変なことを聞いても、俺は君を信じてる」

「…俺も、大丈夫だよ」

斉藤さんの柔らかい声と江口の意志を感じる声に私の視界は段々と滲んでいった。

夢という大きく儚いものを目指した江口と斉藤さん。きっと楽なものじゃなかった。

辛くて苦しい下積みを乗り越えて輝かしい今がある。

「…ありがとう。私は…これから強くなるよ」

「…っ、Aは、もう強いよ」

私の大学生活は彼らで言う下積みだったんだ。

苦しい時を乗り越えないと得られないゆめ(輝き)。

「…ありがとう、聞いてくれて…見捨てないでくれて」

私という、一人の人間をちゃんと見てくれて、ありがとう。

江口と斉藤さんが柔らかく微笑んだ。

“もう大丈夫”と言われているような気がして、私の頬を温かいものがつたっていく。

江口の長い指が、それに優しく触れた。

「…大丈夫」

この人を好きになってよかった、そう思うには、それだけで十分だった。