歌に愛された彼がアイドルになるまでの話 (ページ31)

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・(2024/2/9訂正有) ページ31

「...そんな運動音痴だったっけ」
「うるさい」

　体育の授業。悲劇は起きた。
　たまたま、本当にたまたまバトンを渡すのが前後になっただけなのだが、私は京介とバトンパスの練習をしていた。

　いかんせん、私の足が遅い。体力が欠片もない。そして京介の手にバトンが収まらない！

　膝に手をついてぜぇはぁと息を荒げる私と、それを眺めている京介。何よ野球部だからって余裕かまして！！！
「テニスやってたんじゃないの？」
「テニスなんかラケット振ってたら勝手に当たるふでしょ！」
「はぁ？」

そう、体を動かすのは好きだけど運動が得意な訳では無いのだ。中でも走るのは死ぬほど遅い。向けられた視線は何言ってんだコイツ、とでも言いたげなものである。
「何言ってんだコイツ」
言われた。

　仕方が無いので体を起こして手の甲で額の汗を拭った。九月に入ったとはいえ、まだまだ日差しは強い。
「まぁ...ずく出しなよ」
「え、ずくって何」
「え？」

　お互い顔を見合わせる。あ、もしかして方言？

「頑張りなよ的な？」
「いや、ちょっと違う...やる気出せともちょっと違うんだよね」
　初めて知った。

　はぁ、となんとも気の抜けた相槌を打って、靴の中に入った小石を地面に落とした。
「なんかさ、もう足が遅いということでみんなに迷惑かけるのが嫌なわけ」

　小学生の頃から足が遅かった。何ならあの頃は加えて鈍くさかった。
　クラス対抗リレーをするときにはみんなのお荷物であるという自覚があったから常に縮こまって背を丸めていて、仲のいい子達に慰められるのも非常に情けなかった。最早いっそ笑ってほしい。

　だから中学は運動会のないところに行ったし高校もそのつもりだった。なのにこんなところで壁にぶち当たるとは...。

「ごめん、練習続けよ」
「あぁ、うん」

　ぐだぐだと文句を垂れ流している自分にも嫌気が差している。せめてちゃんと転けずにバトンを繋げられるようにしたい。
　手に掴んだバトンをぎゅ、と握りしめた。

　その日の授業は、それから五分くらい練習していると終わった。
　やりたくないと練習しなゃのせめぎ合い。京介は半笑いで放課後練習する？と煽ってきたので横目で睨んだ。癪に障るけどありがたいのでお願いはしたけど、でも癪には障る！！！！

　死ぬほど足遅かったね、と私が走っているところを見たらしい桃奈にカラカラと笑われながら靴を履き替えた。仕方ないじゃん...。