無題#西郷さん ページ8
爽やかな風が抜けていく。カーテンが揺れて日差しが照りつけて洗濯物を乾かす。
「あっ」
焼いていた目玉焼きの黄身が割れ、ぐちゃぐちゃになってバランスが取れなくなっていた。
「どうしよ…」
「どうしたの?」
「あっ、」
「あー、目玉焼きがぁ〜ぐちゃぐちゃだね。こりゃ」
「うん、ごめん。作り直そうか」
「ううん。これ食べるよ、味は変わんないでしょ。」
そういってわさわさと頭を撫でくれた。心地よい。ただその一言に尽きる。
「今日はいつ帰ってきてくれるの」
「あー…今日はー、23時ぐらいかな?」
「仕事大変??」
「そうだね。なるべく早く帰ってくるよ。」
そう言って身支度を始める彼を見た。愛してるなんて甘ったるい言葉はもう殆ど飛んでは来ない。
左手の薬指を弄んで少し溜息をつく。
17時、西日がきつく、彼の白いシャツをオレンジに照らす。
帰ってこないのに、二人分も用意して、ソファに寝っ転がって。バラの花束なんて持って馬鹿なことで笑って、愛してるなんて言ってくれる彼はいない。いやいるんだろう、出てこないだけで。明日急にいい男になって帰ってくる訳でもないし。100人の美女を連れて帰ってくる訳でもない。なら焦らずに日が落ちる頃までに会えることを期待しよう。そうして目を閉じた。
「何もかも完璧な人になんて惹かれないよ。」
「…どうして」
「うーん、その方が素敵じゃない??」
そう言って笑った。君の眩しい笑顔のような朝日がまた照りつけた。あの時の言葉はよく覚えている。
私はたしかに完璧じゃないけれど、それでもそれを言う君のその笑顔が素敵だった。
「今日も23時?」
「…うん」
「そっか、待ってるね。」
「ちゃんとベッドで寝よう。いつもソファで寝てるじゃないか」
「…遅刻するよ。早く用意しないと。今日は目玉焼き割れてないから」
夫婦間のズレというのはもっと重っ苦しいところから来るものだと思っていたが、なんだ、こんな些細なことでもあるのかな。いや、こっちはただ心配で!…こんなことを考えれば、私を愛してなんてくれないとも思ってしまう。不安に不安が募っていく。
部屋の明かりを早めに消して、朝2人でダラダラと過ごしたい。こんなことは許されないのだろうか。
玄関のドアは物音をたててはくれない。昨日の目玉焼きの様に目からぐちゃぐちゃと溢れ出てくる涙はきっと、コップから溢れ出たものだろう。
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作者名:のりこ | 作成日時:2018年4月17日 7時