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朝が来ない世界ならば― (10) ページ10

振り返れば雨下は今、確かにそこに居た。



 長い間、感じることも叶わなかった温もりが

 今、直ぐ側にあるんだ。

 雨下に拭って貰ったにも関わらず

 溢れ出す涙は地面を少しずつ湿らせていく。

 「お兄ちゃん…そんなに泣いていたら

  涙が出なくなっちゃいますよ?」

 雨下が小さく笑った。

 懐かしい笑顔、きっともう見ることは無い

 と思っていた笑顔がそこにあった。

 「雨下……死んだのかと思っちゃったよ」

 「嫌だなあ、お兄ちゃんを残して逝く

  なんてことする訳が無いでしょう?」

 「それにしても、大きくなったな。

  今は13歳……だよな」

 「そうだよ。あの土砂降りの日に、

  私は崖から落ちてしまったでしょう?

  あの時、奇跡的に崖から生えていた

  木に落ちて助かっていたの」

 雨下は遠い記憶を辿る様に語った。



 ―――小さな身体を命尽きそうな木が

 かろうじて支えていた。

 瀕死状態の子供と木が助け合っていた

 その時、小さな子供には声が聴こえた。

 『頑張って、あともう少し…

  私の代わりに君は生きるんだ……』

 その声は木から聴こえてくる様だった。

 その木は小さな身体を支えて、

 なんとか子供だけでも助けようと

 していた。

 けれど、優しさに溢れたその子供は

 『木さんこそ、大変な怪我をしている

  じゃない!痛そうだよ……この雨が

  止んだら一緒に秘密基地で

  のんびり暮らそう?』

 と言って、共に生きようとした。

 だが、どこからどうみても木はボロボロ

 になっており、枝も何本か流されて

 しまっていた。

 丈夫な幹もやっとやっと繫がっている

 状態だ。

 『その優しさには感謝しているよ。

  けどね、もう私は治らない。

  だから、せめて君だけでも

  生きてはくれないかい?』

 木はそう言って子供を崖の反対岸に

 降ろした。

 そして、その木はとうとう幹も折れ、

 濁流と共に流されていった。



 ―――その後、生き残った子供……雨下は

 降ろされた岸から街に戻ることは難しく、

 目の前の森に入った。

 雨下はその時、紫色の左目から赤い涙を

 流していた。



 「―――私ね、それで分かったの。

  あの時、犠牲となった木と話せた理由。

  お話した後、この紫色の左目が凄く

  痛かった。きっと、植物と話せる力が

  宿ったんだと思う。

  そのお陰で今日まで生きて来られたの」

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作者名:雨音 時雨 | 作成日時:2021年2月26日 0時

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