朝が来ない世界ならば― （９） ページ9
転落した。
けれど、雨下の死体は見つからなかった。
崖の下は土砂降りのせいで濁流が
流れていた。
当然、土砂降りの中で探すことは
出来なかったから、大人たちは
濁流が収まるまで捜索しなかった。
しかし、いざ探し始めると、大人たちは
次々と『濁流に流されたのだろう』と
言って帰っていった。
最後まで探していた両親でさえも、
『きっと濁流に流されたのよ』
『流されたんじゃ、探しても見つからない』
と言って諦めた。
―――それから数日後。
雨下が行方不明になってから、
両親と僕の３人だけで暮らしていた。
僕は当時１０歳だったのだが、
両親は共働きだった為、昼は
１人で家事や食事をしていた。
―――今となってはきっと罰が
当たっていたのだろう。
その日の夜。
いつもなら帰ってくるはずの両親が、
帰ってこなかった。
そして、帰ってきた時には
息をしていなかった。
母は帰宅途中で交通事故に遭い、
父は電車に乗っていた時に偶然事故に
巻き込まれ、亡くなった。
……いや、偶然じゃない。
雨下を見捨てたから
天からの罰が下ったんだ。
当時はそう思った。
―――けれど、僕は今聞いてしまった。
雨下の声を。
たった１人、失ったはずの妹の声を。
出来るのなら、叶うのなら、
蓋をして来てしまった記憶だったが、
忘れたくなかったし、
もう一度、声を交わしたかった。
今まで、精一杯周りに対して明るく
振る舞ってきたけど、そんな
偽りの笑顔なんかをしなくても良いんだ。
―――僕の妹なのだから。
だから、その声の形に話しかけた。
「なあ、その声は雨下なんだろう？
もう一度、会いたいんだ」
嬉しくて夢の中だということも忘れて、
幼い子供の様に無邪気な笑みで
泣きながら言った。
「ねえ、姿を見せてよ。父さんや母さん
は居ないけど、お兄ちゃんが今なら
雨下を……そう、あんな形で失ったり
しない！今なら守ってやれる！」
空に向かって叫んだその声は
澄み渡る青空に響いた。
すると、後ろからその優しい声が答えた。
『―――お兄ちゃん…会いたかったよ…』
その声を聞いて僕は
涙が涸れてしまうのではないかと思う
程の大粒の涙が溢れ出した。
その感情は自分でも分からない。
――雨下はそっと僕の涙を拭って微笑んだ。
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作者名：雨音 時雨 | 作成日時：2021年2月26日 0時
