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宣言通り、東郷に奢ってもらい、店を出る。
「ごちそうさま」
「次は奢ってもらお」
そっちが奢ってやるって言ったくせに。
素直にありがとうを受け取らないのは、東郷なりの照れ隠しだと、長い付き合いで分かってきた。
「うちらも歳とったよねえ」
「ん?そうだね?」
「あの頃はラーメンは一杯平らげてたけど、まだ未成年でビールなんて飲めなかったし。ネギだって食べられなかったし」
東郷が言うあの頃、というのは、俺と出会う前だ。
東郷が初恋の子と過ごした一年のことを思い出しているのだろう。
東郷にとって、おそらくどの一年よりも濃密で、今までもこの先もずっと引きずるだろう一年。
「東郷」
「何?」
「今、誰のこと思い出してる?」
「…」
東郷は黙り込んだ。
俺の隣を歩いているのに、昔の好きな人の面影を目で追っている東郷に少しだけ腹がったった。
ちょっと困らせてやろうと思ったんだ。
東郷は目線を上げると、星を目で追った。
「…福良、今まで一回も言ったことなかったこと、教えてあげようか」
「何?」
「あの子とアンタは似てるんだよ。雰囲気とか。私がありのままの自分でいられるところとか。…アンタが女だったらって、何回思ったことか」
急にそんなこと言われても。
俺が女だったらなんて、そんな俺のことを根から否定するようなことを言われても困る。
そんなことを言ったら、俺だって、東郷の恋愛対象に俺が入ってたら、って何回思ったか分からない。そんなことは絶対に言わないけど。
だって東郷、俺がそんなこと言ったら怒るだろ。私のこと否定してんのかって。
それなのに東郷は俺が女だったらって話をするのか。
「東郷は、俺の前では自己中だよね」
「は?」
東郷は俺の言葉を理解していない。理解できないし、理解できる日は来ないかもしれない。
「まあ、それがありのままの東郷ならしかたないけど」
「何よ。言いたいことあるなら言えば」
「…ないよ」
別にここで東郷に嫌味を言いたい訳でも、喧嘩したい訳でも、ましてや告白したい訳でもない。
ただ、俺が東郷にの中で特別なんだって自分に言い聞かせたかったし、あわよくば東郷に気づいてほしかった。
「次は焼肉とか行く?俺の奢り」
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作者名:シロ | 作成日時:2021年3月19日 2時