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ふう、と2人で息を整えたところで須貝さんは顔を上げて言った。
「Aちゃん、家どの辺?送ってくよ」
一瞬、その言葉が黒田さんの声と重なった。
今となっては嫌悪感しか感じないあの声が耳をなぞる感覚が蘇る。
「ごめん。嫌だよな、知らない男に家知られるなんて。軽率だった」
「いや、須貝さんは大丈夫なので。本当、平気なので。」
一瞬体が固まったのをきっと繋がれた手から感じたのだろう。
しかし、須貝さんに対して嫌悪感も恐怖も感じない。
「じゃ、帰ろっか」
まだ繋がれている手を握り直して彼が言った。
「黒田さんは会員さんで、最近よく外でばったり会うようになったんです」
助けてもらってなんでも無いです、と誤魔化すわけにもいかず、経緯を話した。
その間も当たり前のように握られている手。
「それもしかしたら待ち伏せされてたのかもよ。もっと危機感持たなきゃダメじゃん」
「おっしゃる通りで…」
「どうする?警察に相談するのも一つの手だと思うけど」
「警察!?いや、そんな大事にしなくても…」
「そう?でも今度出勤したら、ちゃんと上の人に言うんだよ。それから、帰る時は1人で帰らないようにすること」
「はい…」
社員さんに話したらきっと全体、少なくとも私とシフトが被ってる人には共有されるだろうし、1人で帰ることも少なくなるだろう。
「Aちゃんてこの辺りにお友達住んでる?」
「いや、この辺りにはいないですね…」
「じゃあさ、もし、どうしても1人になりそうだったら連絡して。俺もこの辺に住んでるから出来る限り迎えに行くから」
「え、でも迷惑じゃ…」
「Aちゃんに何か起こる方が迷惑」
いまいち言っていることは理解できなかったが、頼れるお兄さんのような存在の人が1人できて嬉しい気持ちだった。
「じゃあスマホ出して」
「え」
「連絡先交換するよ」
その時初めて手が離れた。離れて初めて、その温もりに安心していたんだなあと感じた。
須貝さんに言われるがままにラインを交換する。
「何かあったら遠慮せず電話すること」
「はい…すみませんなんか…」
ただのお客さんと従業員の関係なのに申し訳ない。
なるべく迷惑かけないようにしよう。
「迷惑じゃ無いから、連絡してね」
心が読めるのか。
はい、と返事だけした。
もうあの手は繋がれることはないのか。
少しだけ残念に思いながら家路に着く。
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ゆきんこ(プロフ) - こんばんは。コメント失礼します! こちらの作品最っ高で読みながらニコニコしてました! 完結おめでとうございます!! (2022年6月3日 21時) (レス) id: 83dccc5424 (このIDを非表示/違反報告)
シロ(プロフ) - りみさん» 嬉しいお言葉ありがとうございます!力になります! (2021年1月15日 15時) (レス) id: 40ccbc89c0 (このIDを非表示/違反報告)
りみ(プロフ) - 毎回ドキドキしながら読んでおります^^*次回の更新も楽しみです! (2021年1月15日 2時) (レス) id: 8d6821c78b (このIDを非表示/違反報告)
シロ(プロフ) - 緋歌梨さん» ご指摘ありがとうございます!修正いたしました。誤字が多く読みづらくて申し訳ないです… (2021年1月6日 12時) (レス) id: 40ccbc89c0 (このIDを非表示/違反報告)
緋歌梨(プロフ) - コメント失礼します!4ページ目“振れられる”じゃなくて、“触れられる”じゃないですか? (2021年1月6日 11時) (レス) id: ef32365840 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:シロ | 作成日時:2020年11月22日 1時