後輩と梨 ページ4
「ごめん、ちょっと赤葦呼んでもらえるかな」
「はい。……先輩、おはようございます」
あ、赤葦だったんだ。という声は音にならなかった。背の高い後輩は昨日と同じように、いつのまにか私の近くにいた。
「赤葦って前世は忍者?」
「そんなわけないでしょう……。笑ってないで、要件教えてくださいよ」
「ああうん、そうだね」
先輩の笑いのツボって本当変なところにありますよね。と言わんばかりの赤葦の表情には触れないで、彼の手にタッパーを握らせる。
爪の先まで手入れの行き届いた、きれいな手。
「凍らせた梨。昨日のオレンジのお礼です」
「……お礼にお礼返さないでくださいよ」
それはそうなんだけどね、と視線が赤葦から逸れて、足元に落ちる。
学年カラーのラインが入った私と赤葦の上履き。青のラインと赤のライン。
「じゃあ、赤葦はまた私にお礼してよ。お礼は何回してもいいでしょ? 何回されたっていやじゃないしね」
時計の長針がが30分を示す。授業は35分からだ。遅れるわけにはいかない。
「おーい、A。さすがにいかねぇと遅刻すっぞ。いいのか優等生〜?」
「ちょっとそこ、うるさいよ。特にチャラ男」
手をひらひらと振りながら私たちふたりを茶化す、木葉に背中がぞわぞわする。
目は口ほどものをいう。細い目はさっきタッパーの話をした時と同じぐらい細いのに、そこにからかいが見える。
「木葉さん……小路先輩と一緒に行くんですか?」
その言葉に肩がびくりと跳ねる。あれだ、陸に打ち上げられたばかりの魚ばりのモーション。
赤葦がそんなことを言ったのが信じられなくて、私はゆっくり、5秒以上かけて赤葦を振り返った。
「先輩早く行ってください。一限に間に合わなくなりますよ」
可愛げのないただきれいなだけの顔。けれど、私と視線がかち合うとぷいと不自然に外される。耳がうっすら、赤い。
「赤葦……ねぇ、赤葦くん」
「遅れますよ、木葉さんもう行っちゃいましたし」
「うん。……今度タッパー返しに私のクラス、来てね?」
それだけ言って、赤いラインの彼を振り返らないで私は、廊下を歩く。少しだけいつもより歩幅は大きいし、ペースも早かった。
走ってはないのに、やけに心臓の音が耳まで聞こえていた。身体全部が、心臓の一部になったみたい。
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作者名:杏樹 | 作成日時:2019年9月17日 22時