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別に彼が笑ってるのなんてここで暮らす数週間で何度も見てきた。
深澤さんが最初の頃に言っていたように、彼はかなり笑上戸らしく、たとえばお笑い番組なんかを見ながら独特の笑い声を上げてるのはよく聞く。
だけど私に向かって笑ったのはこれが初めてだったから。直に向けられると、ちょっと、いやかなりの破壊力があって。
………だから、ちょっとびっくりした。
「なにその阿呆面、」
『っえ、いや、…ちょっと今こっち見ないでください。』
「は?あ、おい!」
普段は滅多に目を合わせてこないくせに、見るなと言ったら逆に視線を合わせてきた渡辺さんに、脇に置いてあったクッションを投げつければ怒った声が返ってきた。…当たり前か。
「ふざけんなお前、」
『渡辺さんが悪いんです!こっち見ないでって言ったのに見てくるから!』
「急に見るなとか理由がわかんねーからだろ。」
『それは、』
言えるわけないじゃないか。渡辺さんが初めて私に向かって笑ったから動揺したからなんて。
『…なんでもないです!どうぞ、もう大丈夫なんでどんどん見てくれて構わないです。』
「いや別に見たくねーし、」
『なんなんですか、見るなって言ったら見て、見ていいって言ったら見たくないって!』
「あ!おまえ、近寄んなよ!」
起き上がって一人分空いてた間隔を詰めたら、私がさっき投げたクッションを顔面に投げ返された。柔らかい感触がぼふっと音を立てて私の顔に当たる。
クッションを取って顔をあげたら、勝ち誇ったような顔をしてこっちを見てる渡辺さん。さっきの仕返してやったぜ、みたいな?そういう顔してる。
なんだその顔、小学生か。ってツッコミたくなったけど一旦ストップ。
ダメだなぁ、私。なんか渡辺さんの前だと素が出そうになる。てかもうなんなら半分以上出てるか。
たぶん今のやりとり蓮が見たらびっくりするだろうな、私が素を出せるのって蓮だけだったから。
お兄ちゃんの前では良い子でいたかったからこんな子供みたいな態度を取ったことはなくて。他の人にも、もちろんない。
だからこんなに素を出してしまいそうになるのは、蓮以外では初めてかもしれない。
…最初会った時は一生分かり合えないと思ってたけど。
「なに、」
『なんでもないです。そろそろ晩ご飯作らなきゃなーと思って。』
「へぇ、…今日はなんなの?」
『麻婆豆腐ですかね、簡単なんで』
いまは彼とのこのちょうどいい距離感を、私は案外気に入っている。
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こゆき(プロフ) - 彩花さん» 気がつきませんでした…!教えてくださってありがとうございます!とても助かりました…!! (2020年12月23日 0時) (レス) id: 7e9ebf3478 (このIDを非表示/違反報告)
こゆき(プロフ) - れいさん» ありがとうございます…!これからも楽しんでいただけるように更新頑張ろうと思います…! (2020年12月23日 0時) (レス) id: 7e9ebf3478 (このIDを非表示/違反報告)
こゆき(プロフ) - べぺさん» コメントくださっていたのに気づかなくてごめんなさい…!待っていてくださる方がいるというお言葉で、更新頑張れそうです!ありがとうございます…! (2020年12月23日 0時) (レス) id: 7e9ebf3478 (このIDを非表示/違反報告)
彩花(プロフ) - 何度もすみません!今日もう一度読み返してたら13ページ目のタイミングがタイミグになってました、!余計なお世話だったらすみません! (2020年12月22日 14時) (レス) id: 7fda05ffd5 (このIDを非表示/違反報告)
れい - なんとなーく更新待ってました…!再開してくれて本当に嬉しいです!これからも楽しんでいきます!! (2020年12月4日 1時) (レス) id: c0a052e646 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:こゆき | 作成日時:2020年7月28日 15時