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「君は強くなる」
海の中に飲み込まれた彼女は、あの日以降、俺の目の前に現れることはなかった。
「むすんで、ひらいて、てをうって、むすんで」
月明かりの下、暗い部屋の中で歌を紡いだ。部屋の隅に溜まっていたほこりが隙間風に乗って宙を浮かぶ。
またひらいて。てをうって。
「そのてを、うえに」
天井に手のひらを向け、そのまま布団の上に倒れこんだ。頭の中に、あの日の姉の言葉が反響する。もう眠ろう、そう思って目を閉じた時だった。
チリン
どこからか軽快な鈴の音が聞こえ、はっと意識が覚醒する。その鈴は、歌えと言わんばかりにリンと鳴り続いていた。
「むすんで、ひらいて、てをうって、むすんで」
両手の指先から真っ白な糸が蜘蛛のように伸びていく。糸は自在に動き、自らをちょうちょ結びにすると、俺を元気づけるようにゆらゆらと揺らめく。
またひらいて、てをうって。そのてを、したに。
どこからか彼女の歌声が聞こえてきた。それは俺を深い眠りへと誘い、気が付けば外は明るくなっていた。
昨夜の出来事は夢なのか。そう思いながら自分の指先を見ると、ちょうちょ結びされた糸が残っていた。
生贄の話と共に、周りが話していたことがある。それは、異能力と呼ばれる神から与えられた力のこと。
君は強くなる。彼女が最後に残した言葉は現実となった。
異能が発現してからは熱を出すこともなく、咳をすることもなく。俺の身体は健康そのものになったのだった。
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▽ ページ32
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人混みの中に紛れ込んでいた母が、俺の小さな身体を掴み上げた。眉間に皺を寄せ、鬼のような形相で怒鳴り声を上げる。
「命拾いしたんだから、お姉ちゃんに感謝しなさいよ」
母の口から放たれた言葉に、俺は再度姉を見上げた。彼女はしゃがみ込み、俺にだけ聞こえる声でささやくのだった。
母は俺を小脇に担いだまま、姉を取り囲む行列の中を進んでいった。たどり着いた先には赤い鳥居があった。急な斜面の階段を一段ずつ上がっていくたびに、家がどんどん小さくなる。
波の音が聞こえた。初めて聞いた、自然の音。青く光り輝いた一面を見下ろし、その美しさに息を飲んだ。
崖の先端に彼女は立つ。何やらぶつぶつと念仏を唱え始めた周囲をよそに、姉はこちらを振り返り静かに涙を流した。零れ落ちた涙が土を濡らす。
鈴の音が鳴る。彼女は後ろ向きに一歩を踏み出し、空中に身を投げた。
海の中に飲み込まれた彼女は、あの日以降、俺の目の前に現れることはなかった。
「むすんで、ひらいて、てをうって、むすんで」
月明かりの下、暗い部屋の中で歌を紡いだ。部屋の隅に溜まっていたほこりが隙間風に乗って宙を浮かぶ。
またひらいて。てをうって。
「そのてを、うえに」
天井に手のひらを向け、そのまま布団の上に倒れこんだ。頭の中に、あの日の姉の言葉が反響する。もう眠ろう、そう思って目を閉じた時だった。
チリン
どこからか軽快な鈴の音が聞こえ、はっと意識が覚醒する。その鈴は、歌えと言わんばかりにリンと鳴り続いていた。
「むすんで、ひらいて、てをうって、むすんで」
両手の指先から真っ白な糸が蜘蛛のように伸びていく。糸は自在に動き、自らをちょうちょ結びにすると、俺を元気づけるようにゆらゆらと揺らめく。
またひらいて、てをうって。そのてを、したに。
どこからか彼女の歌声が聞こえてきた。それは俺を深い眠りへと誘い、気が付けば外は明るくなっていた。
昨夜の出来事は夢なのか。そう思いながら自分の指先を見ると、ちょうちょ結びされた糸が残っていた。
生贄の話と共に、周りが話していたことがある。それは、異能力と呼ばれる神から与えられた力のこと。
君は強くなる。彼女が最後に残した言葉は現実となった。
異能が発現してからは熱を出すこともなく、咳をすることもなく。俺の身体は健康そのものになったのだった。
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作者名：葡萄。 | 作成日時：2022年6月29日 22時
