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昔から俺が住んでいた村には生贄を捧げる習わしがあった。最初は家畜を捧げていたのだけれど、それでは満足できなくなった神は村に凶作をもたらしたと言われている。
それ以降、村人たちは幼い子ども、そして弱っている若者を中心に神に人間を捧げるようになった。
生まれてからずっと、外に出たことがなかった。酷い喘息と病弱な身体のせいで、穏やかな一日を過ごした回数も両手で数えられる程度。
そんな俺の家を時折り覗いてくる村長がいた。真っ白な髪の毛を揺らして、しわくちゃな笑顔をいつも浮かべている人。ここへ来る村長の目を見るたびに、震えていたのを覚えている。
「俺が、生贄」
幼いながらに残酷な現実を理解していた。そのことに気が付いた当時は吐き気が止まらなかった。
精神状態も不安定になり、母親と会話することも少なくなった。そんな俺を気にかけてくれたのは、血の繋がりのない姉。
もちろん彼女も、俺が生贄になることは知っていたのだろう。無理やり笑顔を作って話しかけてくる彼女に何度苦しいと思ったことか。
「明日だね、村のお祭り」
「うん」
「お祭りに出られそう？」
「出たくない」
「じゃあ、今年はお姉ちゃんが神様に会ってくるね」
弱弱しく彼女は笑った。熱にうなされていた俺の手を自身の雪のように白い手で握った。赤く腫れている目元。その時は、どうして姉が泣いていたのか分からなかった。
「来年は、きっと病気が治っているはずよ。だから、お姉ちゃんのところに来たらダメだよ」
お祭りの前日。姉は俺の隣で眠っていた。悪夢のせいで寝付けなかった俺は、ぼんやりと天井を見つめ、姉の呼吸をただ静かに聞いていた。
あの日は、雲一つない青空だった。いつもよりも騒がしい外を窓から覗いてみると、村の家々が華やかに装飾されていた。人々の歓声の中、巫女の服を着てゆっくりと歩いている姉の姿を見つけた。
彼女はこちらを振り返ると、一筋の涙を溢して再び前を向いた。
気が付いたら、俺は家を飛び出していた。
裸足のまま走る。砂利が食い込んで痛かった。日光が眩しすぎて目眩がした。それでも走るのを止めなかったのは、姉が生贄として選ばれたことに納得がいかなかったからだ。
「待て！」
やっと追いついた彼女の服の裾を強く引っ張った。
「離しなさい」
「嫌だ！なんであんたが」
振り払われた手と共に、地面にしりもちをついた。姉の怒った顔なんて初めて見た。
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作者名：葡萄。 | 作成日時：2022年6月29日 22時
