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「A！」
「A君！！」
轟々と吹き荒れる風のせいで外野の声が聞こえなくなる。脱走を疑ったきりやんが稲妻を走らせたのも重なり、外側からは内部の声を拾うことができなくなっていた。
Aの長い前髪が風で巻き上げられ、普段は見えない左目が顕になる。
「次の国王の右腕はA君になる」
「はい」
「あの人の裏の顔は絶対に皆にバレないようにして」
「…どうして、裏の顔って」
「僕からは何も言えない。いや、言いたくない。前国王が暴君でその血を引いているんだから、あの人にもその本性が根付いてた」
あの日、敵国の少女の言葉が思い出される。彼女と同じようにぴくとも何かを知っている様子だった。
言いたくない、と口にする彼からはこれまでの苦労が滲み出ている。
「剣、振り下ろして」
「…はい」
「僕を殺さなきゃいけないことに変わりないんだから」
Aが剣を振り上げ、勢いよく振り下ろすと、それに応えるように暴風は止んだ。なかなか剣を刺さない彼に痺れを切らしているのか、王は足をゆすっている。
遠くから見守る六人は、誰も何も言わずに彼を見つめていた。
「痛み、あるかもしれません」
「ははっ、気にしないで。意識不明にしてくれれば十分だよ」
Aはぴくとの後ろに周り、彼の頚椎に剣を突き付ける。震える右手を優しく左手で包み込み、自分を落ち着かせるように息を吐き出した。
「残さないでね」
「…行きます」
涙で潤む視界。Aはもう一度深く息を吐き出すと、頚椎に剣を突き刺した。
「ありがとう、ございました」
自分の首に貫通し、喉仏辺りから突き出た剣の先端を目に捉えたぴくとは真っ赤な血を吐き出した。口の中に広がる鉄の味。ごぼごぼと溢れ出るそれを止めることはできない。
運動神経が切れたのか、手には一切の力が入らなくなっていた。段々と暗くなっていく視界の中で、鮮やかな赤色が鮮明に見える。
人間の急所を突かれても、彼は死ななかった。次第に遠のいていく意識に身を委ねる。背中は猫のように丸くなった後、彼の身体は横に倒れ崩れた。
Aが剣を引き抜くと、そこからは滝のように血が流れ溢れた。丸く円を描きながら広がっていくそれが彼の足元に流れ着く。
しゃがんでぴくとの口元に手を近づけてみると、微かな息が甲に触れた。
「心臓を取り出せ」
王の声に背を向けたまま、彼は頷いた。
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作者名：葡萄。 | 作成日時：2023年1月22日 17時
