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「もともと体調崩しやすいのかな？ちゃんと睡眠を取ること、いいね？」
「はい…」
「あと、義手の件ね。試着してもらった時のデータをもとに、君専用のものを作る。また一週間後、忘れずに来るんだよ」
「はい、ありがとうございます」
医務室から解放されたのは、目覚めてから二日後のことだった。
健診が終わり、患者衣を脱いで皆が持ってきてくれた普段着に着替える。触れ慣れた服の素材と洗剤の匂いに肩の荷が下りた。
右手が無くなった分、今まで通りにこなしていたものが少しだけ難しくなった。ご飯を食べるときもさることながら、服を着ること、物書きをすること。利き手ではない左手で作業をするのはまだ慣れない。
「A、荷物持つよ！」
「さんきゅー」
「義手はまだなのか」
「今日試着したばっかだぞ」
「どうだった〜？」
「なんか、変な感じだった」
俺の肩に腕を回すぶるーく。だがしかし、身長差が大きいため肩を組むことはできない。
俺の数少ない私物が入っている鞄を振り回しながら歩くなかむが突然、ピタリと足を止めたかと思うと、彼の目の前を一匹の黒猫が横切った。
「猫だ！」
キラキラと目を輝かせて反応したのは、意外にもシャークんだった。腰を低くして猫に「おいで」と呼びかける姿は、戦場での頼もしい背中からは想像しがたいものである。
ワイワイと黒猫を囲む彼らを見ていると、右肩をきんときに叩かれた。そちらを向こうとすると、頬に彼の人差し指が突かれた。
「何」
「ははっ、いや〜なんだかAが柔らかくなったなって」
「普通にキモイ」
「待って、そんな変な意味で言ってないんですけど」
太陽が真上に昇る昼下がり。ぽかぽかとした日向と、優しく撫でられてご機嫌な黒猫はお腹を見せて喉を鳴らす。
「可愛すぎなんですけどー！」
「ほら、スマイルも撫でてみろよ」
「おぉ〜」
サッと肌寒い風が吹き抜けていった。ぶるっと肩を震わせて豪快なくしゃみを落とすきりやんに、黒猫は驚いてどこかへ走り去っていってしまった。
ブーイングの嵐が巻き起こり、ガヤガヤと騒ぎ始めた彼ら。その輪の中に入らずとも、見ているだけで俺の心は満たされているようだった。
「おーい、そろそろ」
突然、吹き荒れる風に落ち葉や砂埃が舞い上がり、思わず両腕を顔の前に出して目を守る。
A君。
風に乗って確かに俺の耳に届いた声。綿のような雲が泳ぐ青空へと、その声は溶けていった。
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作者名：葡萄。 | 作成日時：2023年1月22日 17時
