◇3◇ ページ3
．
「あの、」
" 学内で一番つまらない講義 "
俺が取っていた講義は、どうやらそう呼ばれているらしい。
確かに瀬尾教授は80近くのおじいちゃんだし、講義内容も難しいし板書がとにかく多い。
今日こそは、と意気込んで席に座っても、５分もせずに寝落ちしてしまうのがオチだった。
潤「……ん、」
俺の名前を呼ぶ声がぼんやりと聞こえてきて、そちらに顔を向けてゆっくりと目を開ける。
「講義、終わりましたよ」
黒のギターケース。
華奢な体には大きすぎるほどのそれを、俺はよく後ろから見ていた。
「ここ次使わないから施錠しなきゃいけなくて」
彼女が困ったようにゆらゆらと俺の前で鍵を揺らす。
いつも真剣に講義を受けているのはそれこそ彼女くらいで、瀬尾教授が彼女を気に入っていたのを思い出す。
「松本くん？」
潤「あぁ … ごめんね、わざわざ」
上体を起こすと、いつものように目の前に置かれたレジュメ。
潤「いつもありがとね」
「え？」
潤「レジュメ。寝てるのに置いてくれて」
「それがないと考査前に大変でしょう？」
少し呆れたように彼女が笑う。こうして正面から彼女を見るのは初めての事だった。
潤「名前、何ていうの？」
「A」
潤「下は？」
「A。AAです」
潤「俺は松本潤。改めてよろしく」
手を差し出すと、彼女はそれを不思議そうに見た。
潤「握手だよ (笑) 」
ぷらんと垂れた彼女の手を握ると、一瞬びくんと震えた。
「……よろしく、お願いします」
俯いた彼女の瞳を覗き込むと
息を呑むほど綺麗で
残酷なほどに真っ黒で
潤「…出ようか」
いたたまれなくなって
思わず彼女の手をぱっと離した
潤「鍵、閉めた？」
「はい。じゃあこれで」
潤「また次の講義で」
ぺこりとお辞儀をしてくるりと身を翻した彼女の背中で揺れる黒いギターケース。
その色に、彼女の瞳を思い出して
何故か、胸がざわついた。
．
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作者名：莉來 | 作成日時：2017年10月29日 1時
