八日目 ページ8
「じゃあ、Aちゃんは？」
『先輩な？』
「Aちゃん」
意地でも呼び方を変えるつもりはないのだろう、鬱は頑なにちゃん付けをし、とうとうAは諦めた。
『...で、何が私なの？』
「友達。居ないん？」
鬱の言葉にAは目を丸くさせた。
いきなりそんなにもずかずか来るのか、と。
Aは別に言わなくても良い筈なのに、無意識に声を漏らしていた。
『私、机ないの』
「...え？」
鬱は驚いたように顔をあげていた。
そのあと、すぐに地雷を踏んだのかと慌てだし、どう話を切り上げようかと迷っている。
Aはそんな鬱を見て『ふは、』と声に漏らし笑っていた。
『あー、おっかし。冗談だよ、真に受けないで』
「なんや、冗談かよ！」
鋭い鬱の突っ込みに楽しそうに笑うA。
鬱はそんなAの笑顔に安堵したように目線を落とした。
その一瞬、Aは儚く笑みを浮かべた。
鬱が目線を戻したときにはAは楽しそうに、それでいて次を期待する眼差しで鬱を見ていた。
可笑しいな、先輩の筈なのに。
鬱はそんな思いを声に出さずにAを見ていた。
「あ、そうや。また今度皆に会わせたるよ」
『...え？』
「俺が一緒にご飯食べとった奴等。紹介したるよ。どうせ一人なんやろ？」
そう言い笑う鬱にAの拳が落ちた。
『一言余計なの！年下の癖に』
「いった！パワハラやで？今の！」
『どうせ訴えられないでしょ』
「マジレス辛い！」
馬鹿みたいな盛り上がりを見せた二人だったが、隣室から壁を殴る音で静まる。
大方、煩くて隣人が怒ったのだろう。
「うわぁ、隣の奴、怒ると怖いんやけど...Aが謝ってくれへん？」
『ふざけないで。私、帰るから』
ふい、と方向転換したA。
向かった先はベランダ。
月が明るく光っている。
しかし、そんな月も沈みかけていた。
Aの黒髪が夜空へ溶け込み、白い肌は一層際立つ。
藍色の空に藍色のベストが重なって、彼女の輪郭を消してしまうようだ。
その柵に身を乗せたところを見て鬱はハッとする。
...綺麗すぎて、なんも考えられへんかった。
鬱は慌ててAへと腕を伸ばした。
あと少し、と言うところでAは落ちていった。
「Aちゃっ...
...あれ？」
汗だくで体を起こした鬱。
状況を理解できず、時計へと目を向ける。
朝の６時。
早くから勉強をするような奴等が物音を立てるわけもなく、静かな中に鳥の鳴き声だけが聞こえていた。
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作者名：咲々姫 | 作成日時：2021年2月2日 16時
