年の瀬の悲劇 9 ページ17
雅紀サイド
翔にぃに『代わろう』って言われて、ゆかの顔の横に来たは良いけど、最愛の人の苦痛に歪む顔なんてまともに見れやしない。
頭が真っ白になり掛けたその時、
「まーちゃん…
まーちゃんが助、て？おね、い…」
って、息も絶え絶えに囁かれて。
「ほら、雅紀。ゆかはお前を頼りにしてんだぞ。ボーッとしてないで早く何とかしろ！」
翔にぃからも容赦ない檄が飛ぶ。
「ゆか…
大丈夫だから、落ち着いて？」
髪を撫で付けるように頭を撫でてやると、目尻から大粒の涙が流れていった。
懸命に深呼吸をしようとしている姿を確認して、俺は傷口を診るべく更に近くに寄ると、ゆっくりと血をたっぷり吸ったガーゼをめくった。
だけどここは診察室と違って薄暗いキッチンな訳で、どう頑張っても正確な診断なんてできっこない。
ただ傷ついているのが血管だけなのか、神経や腱にまで及んでいるのか位は知りたい。
でもそれさえ叶わず、早々に損傷具合を把握するのを諦めた俺は、
「翔にぃ、滅菌ガーゼまだあるでしょ、出して？」
噴き出すように出ていた血液が、翔にぃの適切な止血のお陰で今は滲み出る程度だから、ガーゼを取り替える。
そうすることで新たな出血をガーゼを剥がすことなく観察することができるから。
ガーゼを何度も剥がせばそれだけ不潔な空気に何度も晒されることになって感染リスクが上がる。
ガーゼをサージカルテープで軽く固定し終わった頃、遠くで救急車のサイレンの音がし始めた。
「あ、来たな。
智にぃ、誘導に出れる？」
「大丈夫、行ってくる。
和、潤、一緒に行こう」
声がして、視界の端に2人を抱っこしてリビングを出る智にぃが見えた。
みんなができることを一生懸命やってくれてる。和や潤だって泣いたり暴れたりすることなく智にぃの言うこと聞いて大人しくしてくれてる。
俺だってしっかりしないと…
聞こえていたサイレンの音が消えて暫くすると、智にぃの声とともに救急隊員が入ってきた。
「…28才、女性。右上腕の裂傷及び動脈損傷に伴う大量出血。出血量は…」
智にぃが的確な状況説明を隊員にしてくれている。その間も別の隊員がゆかの元に来てくれて、
「分かりますかー？今から病院、行きますからねー」
「楽にしてて下さいねー、血圧測りますよー」
って、隊員から声が掛けられる。
「ゆか、もうちょっと頑張ろうな？」
「まー、ちゃん…こわぃよ…」
泣きながら俺の手を掴んだその手は、氷の様に冷たかった…
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作者名：虹
| 作成日時：2018年11月25日 15時
