楽園を騙る 【3】 ページ5
「ねぇ、教えて。あなたのお名前は?」
狂王は加虐とも呼べないーーーーささやかな興味が沸いて、黙っていた。会話をぷつんと絶たれ、少女はわかりやすく焦った。笑顔が消え、おろおろと辺りを見回す。
「いない、の? 消えちゃった?」
無駄だろうに、また立ち上がろうとする。やはり転倒し、痛みに呻いて諦めたかと思えばーーーー四つん這いになって、ぺたぺたと手を伸ばしては狂王を探しはじめた。目の前にいるというのに、見えない彼女は滑稽にも不自由な身体を動かす。
狂王は、その様を、静かに見下ろしていた。
「せっかく」
ぽつりと、少女が呟いた。
「おともだちに、なれたのに」
はらはらと、涙で頬を濡らして、少女は声もあげずにただ【泣いた】
狂王が知る【泣く】という行為からは逸脱していた。
少女はやがて手を組んで、深く、罪人のように頭を垂れる。
「主よ、何故わたくしを、お見捨てになるのでしょう」
切々と、祈りを、悲しみを、口にする。
悲哀に暮れる横顔は、ゾッとするほどーーーー美しがった。
「あなたはなぜわたくしに与え、わたくしから奪うのです。もう、いかな試練も、耐えうるには辛いのです。何一つ、ほかは望みません。だから」
ひぐっと、そこではじめて、子どもらしく喉を詰まらせて、少女ーーーーAは繰り返す。
「だからっ、だから······」
ーーーーひとりに、しないで。
狂王は、沈黙を解く。
「それが本心か、ガキ」
瞬きをするたび零れる涙を、生憎とこの手は、拭うには適さない。代わりに異形の尾をそっと、眼前に伸ばしてやった。
のろのろと手探りをするAの指先が掠める。自分以外の何かをとらえた少女は、それが棘の生えた尾でも構わずに無我夢中で抱きついてくる。
ぎゅうと、持てる力の全てで掻き抱こうとする貪欲さが擽ったく、狂王は喉を鳴らした。
「俺の名を知りたがっていたな、A」
尾ごと少女を引き寄せて、胡座をかいた膝の上に降ろす。ちいさな身体は狂王の腕には有り余る。だから檻のように腕で退路を塞ぎ、濡れた頬をべろりと舐めてやる。
塩辛い水の味、そこに微かに交じる魔力の甘さ。
狂王はニタリと口角を上げる。髪に埋もれた耳元で囁く。ああ食ってしまいたいと、凶暴な本能の囁きを、今ではないと宥めながら。
「クー・フーリン。それが俺の名だ」
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皐摩(プロフ) - もう…!!好き過ぎる…!最高すぎる作品ですうううう!!!! (2019年2月28日 3時) (レス) id: 8434b91720 (このIDを非表示/違反報告)
Sandoriyon0000(さんどりおん)(プロフ) - 火星さん» 感想とお祝いありがとうございます!このままBADエンドでもいいんじゃないかと途中で悪魔が囁いてきましたが、たぶん狂王の宝具で木っ端微塵にされたんだと思います(笑)続編の方も頑張ります、応援ありがとうございます! (2017年12月28日 21時) (レス) id: 1352ea05b0 (このIDを非表示/違反報告)
火星 - 完結おめでとうございます。途中から主人公が消失するのかと思ってヒヤヒヤしていましたが、最後は狂王と主人公がちゃんと幸せそうでよかったです。続編でも頑張ってください、応援しています! (2017年12月27日 10時) (レス) id: 9638a5e671 (このIDを非表示/違反報告)
Sandoriyon0000(さんどりおん)(プロフ) - 川瀬さん» ありがとうございます!実は川瀬さんの作品、私も陰ながらこっそり読ませていただいています。今は無き理想郷のランスロットと主人公ちゃんのやり取りが微笑ましくて何回も見てます。続編では幼女とイチャイチャ()を考えていますのでよければよろしくお願いします! (2017年12月13日 23時) (レス) id: 1352ea05b0 (このIDを非表示/違反報告)
Sandoriyon0000(さんどりおん)(プロフ) - 鏡花・オルタさん» ありがとうございます!コンセプトが最後は絶対ハッピーエンド!(漠然)だったので、この結末に落ち着けたことに自分でもホッとしています。続編では優しいオルタと優しい世界を目指します。またよければよろしくお願いします! (2017年12月13日 22時) (レス) id: 1352ea05b0 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:Sandoriyon0000 | 作成日時:2017年10月21日 3時