【#コンパス】この心は【アダム＝ユーリエフ】 (ページ23)

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先程とは打って変わって聖堂はとても静かになった。二階の学習室から僅かに子供の声が聞こえるが、それ以外の音は無い。

長椅子に座ったAの隣には両肘を膝の上に乗せて項垂れるアダムがいる。お互い無言でただ座っていた。

本当は、用事も済んだことだし、すぐにここからお暇するつもりだったのだが、Aがアダムの様子を見て、｢少し休みましょう｣と言ったが、アダムは勿論早口に｢いえ、今すぐここを出ましょう｣と言った。
しかし、結構疲れていたのは目で見ていたので、その反対を押し切って休んでいくように言った。

子供たちが戻ってくることを恐れていたようなので、少なくとも四十分間は戻ってこないことを伝えると少し考え込んだあと、渋々了承した。

そして、今に至る。

Aはアグライアが置いていった絵本の表紙を眺めた。
新ファストリカ初代国王、アダムに纏わる言い伝えを絵本にしたそれ。旧ファストリカ王国を滅亡させた魔女、イヴを倒す英雄譚だ。
いつの間にかアダムがこちらを見ていて、Aに問いかける。

｢その本は…？｣
｢読みますか？子供が貴方の名前を聞いて大喜びした理由がわかる本です｣

差し出すと、アダムはそれを受け取ってまず表紙を眺めた。

｢子供用の簡単なものなのでアダムさまでも読めると思います｣

そう言うとファストリカ語に慣れない彼は表紙を捲った。

***

｢………成程｣

絵本を最後まで読んだアダムはそう呟いた。

｢どうでした？｣
｢大体は読むことが出来ました｣

お返しします、と本を返す。

｢私が英雄と同じ名前だったからあんなに喜んでいたのですね｣
｢まあ、半分はそうですね。英雄アダムは子供たちの特に男の子の憧れですから｣
｢Aさまも？｣
｢…勿論｣

嘘はついていない。
それこそこの話を読んだばかりの小さい頃は同い年の友達と｢私もアダムみたいになりたいなー！｣｢お前女だからイヴの方だろ(笑)｣という会話をした覚えがある(その後これが実話だと知って、色々あって女の子に向かってイヴ呼ばわりする人は居なくなる)。

｢『英雄アダム』はこの国で一番知られている話です。何せ、新ファストリカの栄光の第一歩ですから。子供たちが生まれて初めて読む物語、なんて言われるくらいですよ｣
｢そうなのですか｣

アダムは少しだけ驚いた顔をして、相槌をした。

子供用の絵本だからというのもあるのだろうが、アダムはこの本がそこまで有名になるほどの魅力を感じなかった。