好きになって、367日目／ini ページ18
.
ノートパソコンを片手に編集部屋に入る。立ち並ぶ背中と、忙しなく響くキーボードの音。
……やけに今日は人が多い。
デスクトップパソコンの設置された席は全て埋まっていたので仕方なく、床に置かれたビーズクッションに座る乾の背後に腰掛けた。
いつもなら、というか今までなら、こんな事は出来なかった。好きな人の近くに座るなんてそんなこと。
……でも昨日、わたしたちは晴れて恋人同士になったのだから。このくらい、許されてもいいだろう。
別に、ほかの席が空いていればそっちに座った。ただ単に、彼との関係がまだ「同僚の男女」であれば、わたしは別の部屋で作業をしなければいけないところを、関係に特別な名称が付いたことによって彼のテリトリーに侵入することを許され、この部屋の
イヤホンをしたままの彼は、恐らくまだ後ろに座ったのがわたしだと気付いていない。
いつもノブくんや直井くんにするみたいに、イヤホンを片方渡して「ここさ、どう思う？」って聞いてくれていいんだよ、なんて内心思っていたりした。だってほら、わたしも編集同期メンバーの一員なんだから。
パソコンを開いて起動を待つ。やるぞ、と肩を回して、ワイヤレスイヤホンのノイズキャンセリング機能をオンにしようとした時だった。
「あ、ごめん」
「ん？ いや」
肘が彼の二の腕にぶつかった。それからイヤホンを片側だけ外した乾は、こちらを振り返って固まる。
……やっぱり、わたしだって気付いてなかったな。
ドッキリを仕掛けた気分で内心ニヤニヤしていれば、そのまま小さく口を動かした彼は、あろうことか突然立ち上がり、部屋から出て行ってしまった。
「え……？」
一瞬、何が起きたのか分からずフリーズする。
遅れてノイズキャンセリング機能をオフにするけれど、当然もう彼が何を言ったかなんてわからない。イヤホンからは、無機質なパソコンの起動音が響くだけだった。
そのまま呆然と、今彼が出て行ったドアを見つめる。暫く待ってみても、再び向こう側からドアが開く気配は微塵も感じられなかった。
え、もしかしてわたし今、避けられた……？
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 253人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「短編集」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：じばくスイッチ | 作成日時：2022年8月6日 21時
