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拾う神いれば捨てる神あり ページ36

─その日、一夜にして七階建ての建物が消滅した。
朝刊でもテレビの報道でも、ずっとその件について騒がれている。消えた建物の中にはポートマフィアのフロント企業が入っていたという。これは敵対心組織からの襲撃か、若しくはこれから引き起こす事態への宣戦布告なのか。ヨコハマに住まう者達は、周囲の隅から隅までに鋭い警戒心を張り巡らせていた。
 私はというとその一日は家に籠…平安時代で言うところの物忌みを満喫していた。
しかし数日後にあたる現在。
私は山下公園の長椅子に座り頭を抱えていた。
理由は朝から何故か混乱と人助けのオンパレードだったからだ。
 一歩進めば目の前で繰り広げられ、理不尽に巻き込まれた恋仲さん達の掴み合いの痴話喧嘩の仲裁。更にもう一歩進めばひったくり犯を追いかける羽目になり、その次には迷子になった幼子に号泣しながら足にしがみつかれ。またまたもう一歩進めば建物に車ごと突っ込んだ外国の方の手当て…挙げたらきりがない。
 犬も歩けば棒にあたるなんて可愛らしく、最早歩く地雷原である。一歩ずつしか進めないなんて双六の盤上に立つ駒か、私は。
目の前で噴水の水が虹色の飛沫を上げて鮮やかに光る。が、それに感嘆している余裕など無かった。

「うぅ…」

元来より私は身体が弱い。
今まで倒れずに過ごせていたのが奇跡的な事であり、長く療養していた事もあったらしい。さて。そんな私が物騒地帯に放り込まれ、混乱した状況と人に連続で巻き込まれるとどうなるのか。
 完全に人酔いした。

「おや、 Aさんではありませんか。」

目線を落としていた膝の辺りに影が落ちる。
眩暈を引き起こさないようにゆっくりと視線を上げていくと、あの深い紫水晶の男がいた。
彼はミハイルさんだったか。
何故此処に?と問い掛けようとした所で再び不快感が頭を擡げて軽くえずく。
体調が悪いことを慮ってか、彼は目の前にしゃがみ私と視線の高さを合わせる。

「…人酔いしました。
 ミハイルさん、少し助けて下さい。」

初対面で不穏だと抱いた印象などはかなぐり捨てて、彼の外套の裾を掴む。顔を合わせるのが二度目なんてどうでもいい。本当に具合が悪い。泣きそう。

「…人酔いであればそのまま休んでいれば回復するとは思いますが。そうですね、もう少し海風に当たれば気分転換出来るかと。歩けますか?」

直ぐ後ろに海側を向く長椅子がありますよ。
彼はそう告げて、腰に手を添えて支える。
思いの外、その声色と手付きは優しい。

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作者名:風花 | 作成日時:2020年7月12日 15時

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