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正直に言って彼女と買い物に行かなかったのは正解だったと言える。あの後、とある電車の便にて爆発があったという。
ラジオから緊迫した声色で話される出来事に思わず眉を顰める。嗚呼、また人が死んだ。
見ず知らずの人であるのに、どうして私は無視が出来ないんだろう。ただただ心が痛い。
苦しくなかったのか、最期は何を思って人生の幕を下ろしたのか。そんな踏み込んだ事まで考えてしまう。
正直言って私自身でも異常な事だと思う。

「外は人が混んでいて大変だったでしょう?電車も爆発したらしいし…大丈夫?巻き込まれてない?」

料理の下拵えをしていた手を止めて、奥さんが帰ってきた私に声をかける。

「えぇ、大丈夫です。沢山人がいらっしゃる所も前よりは慣れてきました。」

世間一般的な母親の印象とは、こういうものを言うんだろう。本当に毎度毎度心配を掛けて申し訳ない。
お店の事も忙しいだろうし、ご主人の事もある。
心労が祟って倒れたりはしないだろうか。
そもそもこの人達はいったいなぜ私の事をこんなにも気にかけるのだろう。貴方達にとって私は加害者であり、被害者である貴方達が責任を私に負わせる事はあっても、気に掛ける必要性は無いのに。

「ねぇ、 Aちゃん。本当に大丈夫なの?」

「…私は大丈夫ですよ。いったいどうしたんです。」

「貴方は自分を容易に責めてしまう人だから。きっと色々気にして、それが重荷になってないかって。」

先日も彼女は同じような問いかけをした。
優しく肩に触れる手。
私に向けられるその瞳は、何処までも優しい。


だからこそ、それが厄介だった。


「本当に心配なの。…ふと思い出すの。貴方と初めて会った日。…あの日の貴方の瞳には、この先の未来なんかが存在していないかのように。底知れない絶望と悲しみが瞳に宿っていたから。」

暗い淵に引きずり込まれたような虚脱感。
それを私は抱いていたのか。
急に何かが胸の内にストンと落ちた感覚がした。
何かを不意に理解したかのように。

「気に掛けて下さり、ありがとうございます。本当に大丈夫ですよ。」

だから、どうかお願い。
これ以上私の中に踏み込んでこないで。

「本当に、私は大丈夫です。」

少なくとも“今は”。
不安げに瞳を揺らす奥さんをどうにか安心させる様に笑顔を向ける。
奥さんはまだ落ち着かない様子だったが、客に声を掛けられて意識を其方に向けた。
私も気まずさのまま溜息を一つ溢して、注文をとりに客のもとへと足を進めた。

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作者名:風花 | 作成日時:2020年7月12日 15時

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