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「あ、あの、少しだけ…待って」
「あ゛ん?」
男の背を追ってから数分、肩で息をしながら途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
「ごめんなさい、…あの、足が…」
「足?」
そこで男は私の足元に目を向けた。
休日のお洒落にと履いてきたヒール。
走るのに特化しているものではないため、ナンパ男から逃げ惑っていた私の足は靴擦れが起こっている。
また目の前の男は足が早く、疲弊している私には追い付くのが困難だった。
「そうことなら早く言え。」
言わんとしている事がわかったのだろう。
男は頭を搔き乱すと、私の方に手を伸ばし…宙を漂った後に下ろされた。
恐らく男の中で私と出会った状況が思い起こされたのだろう。私が呼吸を整えるのを見届けて、男は口を開く。
「…もう歩けそうか。」
「はい。」
頷けば男はくるりと背を向けて再び歩きだした。先程よりもゆっくりで。少なくともこの瞬間だけは慮ってくれている事がわかる。
闇の住人に対して心を開くべきではないし、そのつもりはないのだが。彼は意外にも紳士的な人物なのだろう。
「ナンパ男、どんな奴だった?」
この人は本当に出口まで案内してくれるらしい。
気遣って空気を和らげようとしてくれているのだろうか。私としては思い出したくない内容だが。
「…スーツケースを手にしていたので、旅行者かもしれません。旅行先でなんて、変な人もいるんですね。」
その瞬間、殺気が首筋を掠めた感覚を感じた。
次の瞬間には何も無かったかのように空気が戻っていた。気のせいだろうか、
「複数人に追いかけられるなんざ、本当に災難だったな。」
「5人くらいに一気に追いかけられたので怖かったです。次は気を付けます。」
男の肩越しに見える景色に目を向ける。
歩を進めるごとに見知った景色が近づいていく。
嗚呼、本当に。
「着いたぞ。俺は帰るぜ。」
「あの。」
声を掛けると、男は路地裏に向けようとしていた足を止める。まだ用があるのかと、面倒くさそうな顔を此方に向けた。
「ありがとうございました。本当に助かりました。」
深いお辞儀をすると驚いたように目を見開かれる。
「俺は手前に感謝される事はしてねぇよ。むしろ礼を言うのはこっちだしな。」
「え?」
「手前に一つ忠告しておく。路地裏にはもう、入るな。」
そう言って、男は今度こそ闇の向こう側に姿を消した。
風が男の外套を揺らす。
気にする事でもないかもしれないが。
男の言葉が、残り香のように嫌に頭に残った。
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作者名:風花 | 作成日時:2020年7月12日 15時