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「……世間では今日はバレンタインらしイ。 今までアタシはそういった文化ニ触れてこなかっタ分、折角だかラ便乗してみようト思った訳だガ」
「……上手く行かなかった、と」
「あァ。 今回は分量モしっかり見たはずなんダ。 200gのチョコレートと60℃の湯、ここまデ何も間違っていなかっタ」
誰が置いていったのかは知らないが、数日前に共有スペースに置いてあったレシピ本を勝手に拝借した。随分と長らく放置されていたものだったし、まぁ良いだろうと思いながら最初の工程を指差す。
「成程。 まず、湯煎の意味は知っているだろうか」
「文字通り湯にぶち込ムんだろウ？」
「……まずは、そこから見直さなくてはならないな」
「エ。 なんデ」
どうやらアタシの失敗は『湯煎』とやらに原因があったらしく、逐一丁寧な解説を受ける。湯とチョコレートを用意したのに、どうしてさらにボウルを持ち出して上から温めるのか。大して知識のないアタシには到底想像も出来そうになかったが、こうすることで成分が分離することなくなめらかで美味しく溶かすことが出来るらしい。
「意味が分からなイ。 なんデそんなに面倒な事をするんダ」
「それほど先人たちは工夫と手間をかけて美味しいものを作ろうとしていたんだろう。 美味しいものを食べたい、相手の笑顔が見たい、理由は様々かもしれないが……面倒な事でさえも惜しまず出来る理由があったのかもしれない」
「……ふーン。 変なノ。 食べ物なんテ、食べれば無くなるのニ」
アタシはどうしてそこまで調理に時間と手間をかけられるのか、いまいち理解しきれなかった。
「食べれるものを食べられるうちに食べておけ」、そう言われ育ったアタシには、食事の楽しさや美味しさなんかを考える暇は無かった。
アタシの中で食事は一種の生きるために必要な作業であり、義務でしかない。さほど重要性を感じていなかったから分からないのかもしれない。
「物が残らなくても、こうして頑張って作ろうとした時間、話した時間は無くならないだろう。 食べ物を作るのと同時に一種の思い出を作っている、……そう思えば少しは楽しく出来るかもしれないな」
「思い出、カ」
そう思うのも悪くないかも、と素直に考えたが声には出さなかった。
まだ心のどこかで「思い出なんて作ってはいけない」と歯止めがかかっていたのか、他に理由があったのかはアタシ自身にも分からない。
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