君に贈る杏の花。Ⅰ【五条悟】 (ページ50)

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両親が亡くなった3月末からずっとこらえていた涙は、決壊するように流れ始め悟の服にシミを作る。
悟の腕の中で泣きじゃくるAは、初めて人にこの負の感情を打ち明けた。
呪術師という世界がどれだけ残酷なのか。
選んだ自分の道が如何に非術師とかけ離れた世界なのか。
20年も生きていない少女にはとても背負いきれない残酷さを孕んでいた。

「ごめんなさっ…、先輩だって、悟先輩だって悲しいのに、」

「俺はいい。だからもういい子ぶんな。お前だけは俺に救われる覚悟持っとけ。」

「わかりました、…だから、先輩だけは、居なくならないで。もう私こんな苦しい思いしたくない。」

「俺を誰だと思ってんの、」

そう言ってより一層抱きしめられれば、Aはなんとなく泣いたおかげで心に余裕が出てくる。
ほんの少しできた心の余裕にちょっとした悪戯心が芽生えると、彼に冗談を言う。

「あ、鼻水ついた。」

「は？！？！」

「嘘ですよ。」

ふふふと泣き腫らした目で笑いかけると、怒った様子の悟がため息をつく。

「でも約束ですよ、」

「？」

「先輩は最強だからいなくならないって。」

「当たり前だろ、」

冷え切った心の中にぱっと灯る一つの蝋燭は、幸せな気持ちにはならずとも、心を軽くしてくれる。
Aが自ら築き上げたダムは、いとも簡単に悟に壊された。
"ずっと"なんて儚いものはない。
でも、悟を前にすると儚いと思えなくなる。そんな気がした。

寮の明かりに照らされる2人は、いつもよりほんの少し距離を縮めて少しだけ寒くなった9月の夜空の下に影を作った。

ひとつひとつの悲しみには意味がある。
時には、思いもよらない意味がある。
どのような悲しみであろうとそれは、大切な事。
太陽がいつも朝を連れてくるように、それは確かなこと。 (エラ・ウィーラー・ウィルコックス)

別れの長月。
彼岸花が地面を赤く染める頃。彼らの最良の日々は過ぎ去った。