296 過去と未来 ページ46
手に持ったバイオリンは、舞台から漏れてくるライトに照らされて少しだけ光っている。
松の木でできたそのボディを見ていると、五年前の──神童の演奏に打ちひしがれて、自分の音に価値を見いだせなくなったあの日々のことが思い起こされた。
ズタズタに切り裂かれたちっぽけな自尊心。『私、もうバイオリンしない』と言い放った日に流した涙。
全てを清算して、こうしてまた弓を持てるようになるまでに随分遠回りしてしまったけれど。今日この日は、かけがえのない、尊い思い出となって私の中にきっと残り続ける。
「五年前に出会って共演したのが、神童でよかった」
暗い舞台袖で、気付けばそう口に出していた。
出演者が奏でているピアノの音色をBGMに、私は自分の正直な思いの丈を零していく。
「神童は私に色んなことを教えてくれた。誰かと演奏する楽しさとか、自分自身と向き合うことへの勇気とか。それに何より……私の演奏を、一番好きでいてくれた」
音楽も、そしてサッカーも。神童が支えてくれたから、いくつものゴールラインを超えることができた。
「神童がいてくれたから私、また前を向いて歩けるようになったんだよ」
神童はしばらく私の顔を見ていたが、やがてゆったりと優しい笑みを浮かべた。
「俺もだ──Aと出会えてよかったと、心からそう思う」
演奏が終わり、出演者が観客からの拍手を受けながら、私たちがいる方とは反対側の舞台袖にはけていく。
『続きましてエントリーナンバー30番、神童拓人さんとAAさんの演奏です』
アナウンスが私たちの名前を告げた。
──失敗したとしても大丈夫、なんとかなる。
私たちは頷きあってから、スポットライトの下に歩き出した。大きな拍手が出迎えてくれる。
あまりの眩しさに一瞬目が眩んだ。そう、この感覚も五年ぶり。
超満員の客席に目を向けると、真ん中辺りに天馬たちがいるのが見えた。キラキラした表情で私たちを見ていてくれている。
少し右に目を向けると、父さんと母さん、そしてブンブンと手を振る姉の姿もあった。相変わらずあの姉は、落ち着きがなくてわかりやすい。
舞台の中央で二人揃ってお辞儀をすると、再び割れんばかりの拍手が会場を包んだ。
眩いライトに照らされて、塵が金色に舞うのが見えた。定位置に立ち、構える。
神童の指が鍵盤の上に置かれた。
そうして一番初めの音が、ホールに優しく響く。
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キメラ(プロフ) - うさまる。さん» コメントありがとうございます！ 更新に波があって、お待たせしてしまって申し訳ないです💦 ゆっくりペースの連載になりますがこれからも見守ってもらえるとありがたいです！ (2022年10月22日 10時) (
レス) id: ac6bc7be2b (このIDを非表示/違反報告)
うさまる。(プロフ) - 更新ありがとうございます！この作品大好きなのでとても嬉しいです！無理せず更新頑張ってください！ (2022年10月22日 9時) (レス) @page33 id: b10d69f65a (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：キメラ | 作成日時：2022年9月10日 9時
