294 正装の二人 ページ44
「あーーーっ可愛い！ やっぱり私の見立ては間違ってなかったね、私が審査員だったら舞台にAが出てきた瞬間に『優勝！ 金賞！ 可愛すぎる！』って叫ぶね絶対に」
「ちゃんと演奏を聞いて審査してよ……まあ、ありがとうね」
振り向いて笑いかけると、姉はたまらず私に頬ずりしようとしたが、私の化粧が取れると思ったのだろう、すんでのところで堪えた。
壁に掛けられた時計を見て、私は慌てて立ち上がる。
「あ、もうこんな時間……行かなきゃ」
出演者は指定の控え室に集まることになっていた。
先生と神童と一緒に、本番前の最後の打ち合わせをしないといけない。
「じゃあ行ってくるね」
「うんうん、あたしは客席から二人の勇姿をバッチリ見てるかんね！ 要と神童くんによろしく！」
姉の満面の笑みに見送られ、私は化粧室を後にした。
＊
広々とした控え室には、多くの人が待機していた。
出演者の年齢層はバラバラだ。私と同い年ぐらいの人、小学生ぐらいの子、壮年の人。
団体での出場も認められているので、ここと別の控え室には、中高の吹奏楽部員なんかも大勢いるだろう。改めて、この大会の規模の大きさを実感する。
神童の姿を苦労して探し当て、何人かの出演者にぶつかりそうになりながら歩いていく。
「ごめん、お待たせ」
こちらを向いたベストスーツ姿の神童の目が驚きに見開かれ、私は反射的に口を噤んだ。
……変、だろうか。姉の見立ては確かだから、妙ちきりんな格好になっていることはないはずだけど。
しかし神童は驚きの表情を浮かべたまま、こう言った。
「すごく……すごく似合っている」
私は一瞬固まってしまう。それから遅れて、嬉しい戸惑いと喜びがじわじわ滲んできた。
五年前の本番前にも、同じことを言われた。だけど今回の言葉は嬉しい破壊力を伴って私の心を震わせた。
「あ──よ、よかった。ありがとう。神童も……それ、似合ってる」
黒いベストと白のワイシャツに、ワイン色のネクタイが差し色になっていてよく映えている。神童は本当に、何を着ても様になる。
神童は照れくさそうに笑った。その笑みがまた、私の胸を僅かに高鳴らせる。
私たちはそうしてしばらく黙ったまま向かい合っていたが、言わなければならないことがあったと思い出し、慌てて顔を上げる。
「神童、」
「A……」
二人の声が重なった。それだけのこともおかしくて、なんだか笑いが込み上げてきてしまう。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 141人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
キメラ(プロフ) - うさまる。さん» コメントありがとうございます！ 更新に波があって、お待たせしてしまって申し訳ないです💦 ゆっくりペースの連載になりますがこれからも見守ってもらえるとありがたいです！ (2022年10月22日 10時) (
レス) id: ac6bc7be2b (このIDを非表示/違反報告)
うさまる。(プロフ) - 更新ありがとうございます！この作品大好きなのでとても嬉しいです！無理せず更新頑張ってください！ (2022年10月22日 9時) (レス) @page33 id: b10d69f65a (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：キメラ | 作成日時：2022年9月10日 9時
