268 未練の残滓 ページ18
翌日、夕方。
私は稲妻総合病院のリノリウムの床の上を歩いていた。
病院特有の消毒液の香りが鼻腔を刺激していく。患者や看護師など、たくさんの人がいるはずなのに、院内はどこかひっそりとしていた。
ようやく神童の顔を見る決心がついた。
でも、面会時間ギリギリに滑り込み、受付の看護師さんから神童の病室の場所を聞いて歩いているうちに……私は自分の心がざわめくのを抑えられなかった。
やっぱり、何かの嘘であってはくれないだろうか。そんな切望が頭の中を行ったり来たりしていた。
そうして辿り着いた410号室には、『神童拓人』と書かれたネームカードが差し込まれていて、否応なく現実を突きつけてくる。
躊躇うこと数秒。深呼吸を一つ。震える右手を持ち上げ、扉を二度ノックした。
「はい、どうぞ」
中から聞こえてきた声は、当たり前だが神童のものだった。
ドアをスライドさせると、病室の風景が目に飛び込んでくる。机と椅子、サイドボードの上に乗ったサッカーボール。淡緑色のカーテンが、細く空けられた窓から入る風に揺れていた。
部屋の一番奥にあるベッドの上では神童が半身を起こしている。その右足はギプスで固定されていた。この目で見てしまうと、もう現実を受け入れざるを得なかった。
部屋に足を踏み入れ、後ろ手に戸を閉める。
「A。わざわざ来てくれたのか、嬉しいよ。ずっとベッドの上から動けないから、毎日退屈で仕方がなかったんだ」
ベッドの数歩手前で立ち止まった私に、神童は椅子を勧めた。私は何も言わず、傍にあった丸椅子に掛ける。
神童の顔を最後に見たのは、新雲戦の時が最後だったのだ。一週間ほどしか経っていないのに、何年も会っていないような気がしていた。
──神童くんをAが支えてあげて。数日前聞いた姉の言葉が頭の中に蘇る。それを噛み締め、私にできること……私の役割を再確認した。
普段と同じように話すことを心がけながら口を開く。
「まだ痛む？」
「少しな。でも麻酔を打ってもらっているから大分マシだ。術後二、三日の時が一番辛かった」
そう言った神童の顔が不意に歪んだ。
「雷門の皆だけでなく、五十嵐先生にも迷惑をかけることになってしまった。情けないよ。でも、音楽祭には出るつもりだ。その頃には松葉杖をついて歩けるようになってると思うし、ピアノのペダルは左足でも踏めるから」
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キメラ(プロフ) - うさまる。さん» コメントありがとうございます！ 更新に波があって、お待たせしてしまって申し訳ないです💦 ゆっくりペースの連載になりますがこれからも見守ってもらえるとありがたいです！ (2022年10月22日 10時) (
レス) id: ac6bc7be2b (このIDを非表示/違反報告)
うさまる。(プロフ) - 更新ありがとうございます！この作品大好きなのでとても嬉しいです！無理せず更新頑張ってください！ (2022年10月22日 9時) (レス) @page33 id: b10d69f65a (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：キメラ | 作成日時：2022年9月10日 9時
