90 焼け付く焦燥 ページ40
先生からのダメ出しの回数は、圧倒的に私の方が多かった。
私も実力不足は実感していたから、自分の演奏に足りないものをどうにか補完しようと努力した。
しかしその努力が焦りとなって音に現れたのか、一向に上達はしなかった。
「先生は色々注意するけどさ……僕はAさんの弾き方、すごく好きだよ」
そう言ってくれた神童の言葉が、小さな棘となって私の心に刺さったのを覚えている。
──嫌味か。ひねくれた私は言葉を額面通りに受け取ることができず、目を逸らした。
もっと上手にならないと、もっと感情豊かに弾かないと。
先生からの指導と神童へのささやかな劣等感に板挟みになり、私の中から音楽そのものに対する喜びというものが薄れつつあった。
そして、コンクール当日。会場にたどり着いた私は唖然とした。
今までのコンクールの集客数の二倍近い人数が押し寄せていたのだ。中でも高級そうな服を着た人が目立った。
その中のうちの人間が「神童くんが初めて二重奏をやられると聞いて……」という会話をしているのを聞いて、この人たちは神童の演奏を聞きに来たんだ、と直感的に思った。
神童の、演奏を。
薄ピンクのドレスに着替えて控え室に向かうと、ベストスーツを着た神童が既に待機していた。
「すごく、似合ってる」という言葉に、聞こえるか聞こえないかくらいの声でお礼を言う。
神童の長い指は、テーブルの上で運指を繰り返していた。
「なんだか緊張してきた……上手く弾けるかな」
その言葉も皮肉なんじゃないかと思った。あんな小学生とは思えない見事な演奏をしておいて、今更緊張するのか、と。
「弾けるでしょ、神童くんだったら」
半ば吐き捨てるように言ったのだが、神童はいい意味に解釈したらしい。頬を桜色に染めて頷いた。
そうして私たちの出番が来た。舞台の中央で二人揃ってお辞儀をすると、割れんばかりの拍手が会場を包んだ。
眩いライトに照らされて、塵が金色に舞うのが見えた。定位置に立ち、構える。
演目はパッヘルベルのカノン。クラシックの代名詞、誰もが一度は耳にしたことがある曲。
演奏中の記憶はほとんどない。
ただ一つ覚えているのは、私の演奏が今までの中で一番最低だったということだ。
終わりのお辞儀をする時に、神童の不安げな視線がちらりとこちらに向けられたのが屈辱だった。
「Aさん」と呼びかけられたのも無視して、私は逃げるように舞台袖をあとにした。
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作者名：キメラ | 作成日時：2022年2月15日 9時
