311 未来の自分 ページ4
ずっと子供でいたいとか、そういうことを思っているわけではない。
ただ、なんとなく──
「これから身体も心も成長して、いつかは大人になるのはわかってるんだけど……未来の自分ってどんなのかなあって」
何気なく呟いて我に返る。神童は目を瞬かせてこちらを見ていた。
なんで身長の話から未来の話になったのか。喋っている自分でもよくわからなくなってしまった。
「あ、いやごめん。なんか変なこと言った……」
「いや」
神童は緩やかに首を横に振る。
「俺もよく考えるよ、大人になった自分の姿を。具体的な想像はできないんだけどな……でも未来の自分は、今の自分の行動が積み重なって出来ていくと思うんだ」
──なんとも、らしい答えだ。真っ直ぐで揺るがない。
そう言う神童は、一本芯の通った素敵な大人になりそうだ。
自分はそんな神童の隣にいられるだろうか。相応しい女性になれるだろうか。
私は青い空を見上げて、輪郭のおぼろげな、未来の自分に思いを馳せるのだった。
＊
「ここまでで大丈夫。ありがとう」
いつもの交差点に着いたところで、私は神童から荷物を受け取った。
神童は笑って頷き、そしてふと思い出したように顔を上げる。
「来週だったか、天馬が帰ってくるのは」
「うん、そうだね」
全国の子供たちにサッカーを教えに行った天馬。北は北海道から南は沖縄まで──全ての都道府県を巡ったわけではないようだが──飛び回り、忙しい日々を過ごしたはずだ。
そんな天馬がもうすぐ帰ってくる。きっと雷門を恋しく思っているんじゃないか。
「雷門のキャプテンは、これからも天馬に任せるんだっけ？」
「そのつもりだ。今の天馬になら、チームを任せられる」
そう言う神童の顔は少し誇らしげだった。後輩の目ざましい成長が純粋に嬉しいのだろう。
ちょっと会わなかっただけなのに、天馬のあの溌剌とした笑みが懐かしく感じられた。
二言三言会話してから、私たちは別れた。
「じゃあね」
「ああ。また明日」
いつものように、手を振って。
この時の私は──かけがえのないいくつもの思い出を一瞬にして失うことになるなんて、露ほども思わなかった。
それどころか、失ったことすらも思い出せなくなるなんて。
予兆などなしに、あまりにも突然に。
自分という存在が塗り替えられていく未来など、誰が想像できようか。
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作者名：キメラ | 作成日時：2022年11月2日 10時
