327 残滓の呼び声 ページ20
なんてことはない、500ミリのスポーツドリンク。大手のメーカーの物。
受け取ろうと手を伸ばし──しかし私の動きはそこで止まった。不意に息さえもできなくなった。
突然硬直した私に、兄弟が驚愕の表情を浮かべたのが空気でわかる。無理もない。
──私の両目から、はらはらと涙が溢れていたのだから。
記憶の切れ端とも言えないような、朧気でふわふわした断片が、急速に頭の中を駆け巡った。こんな思い出は知らない。知らないはずなのに、知っている。
頬を伝う涙をむちゃくちゃに拭う。それでもまだ、止まってはくれない。
「違う、違うんです。さっき当たったところが痛いとかそんなんじゃなくて……」
なんで私、泣いてるんだろう。何が引き金になったんだろう。
──どこか、違うところにいる私が、あるいは全く違う他の誰かが泣いている。私の名前を呼んでいる。馬鹿らしいし、なんの根拠もないけど、そんな風に感じた。
おろおろとする兄弟を前に、私はしばらくそうやって泣き続けた。
誰かが私の手を引いて呼んでいる、そんな錯覚を感じながら。
＊
時刻をほとんど同じくして、河川敷から少し離れた児童公園。
天馬と神童がその公園に足を踏み入れると、ベンチに座っていた一人の女性が立ち上がり、歯を見せて快活に笑った。
「やほやほーっ神童くんに天馬くん！ 二人ともまたちょっと見ない間に背伸びたんじゃない？ うんうん今が一番育ち盛りだもんねえ！」
白いオープンカラーシャツに黒いパンツ、170センチはあろうかというモデル体型。その背中では黒いポニーテールが揺れている。
それは天馬も知る人物だった──A純。Aの実姉だ。
あの後、A本人からアーティファクトを手に入れるのは難しいと悟った神童は、Aの姉である純に頼むことにした。
Aの思いがこめられているものを何か一つ貸してほしい……客観的に見るまでもなく意味不明な頼みだが、こう言うほかなかった。
携帯電話で連絡を入れて──少し迷ったが神童は、天馬と相談して本当の事情を話すことにした。
今この世界線は、少し間違った時間軸であること。本当のAはバイオリンだけでなく、サッカーをしていたことなど。
さすがにすぐに信じてはもらえないかと思ったが、純は『いいよー』と二つ返事であっさりOKを出し、この公園で落ち合うことになったのだった。
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作者名：キメラ | 作成日時：2022年11月2日 10時
