324 冷ややかな拒絶 ページ17
二人はぎこちなく挨拶を交わした。
サッカー部の人間が何の用だろう、という訝しむ気持ちが、Aの表情からありありと見て取れた。
それでもここですごすごと引き下がるわけにはいかない。天馬は一歩前に出た。
「A先輩はその……中学の音楽界では凄く有名なバイオリニストだとお聞きして」
「あ、ありがとう」
「それで、えーと、スポーツとかはされないんですか？ その、例えばサッカーとか」
言ってから、天馬は、しまったと思った。あまりにストレートすぎる言葉だった。
Aは肩をすくめながら言う。
「私は小さい頃からバイオリン一筋だったから。運動神経も良くないよ」
Aの言葉を聞いた天馬の胸に、寒々としたものが広がった。
ボールを蹴る時のAの表情は、活き活きとしていた。マネージャーとして部を支えてくれている時も、サッカーが好きでたまらないという瞳で選手を見守ってくれていた。
──そんなAを、取り戻さなければいけない。今目の前にいるAを否定することになるのは心苦しかったが、半ば舌をもつれさせながら、天馬は言葉を紡いでいく。
「プレー、じゃなくても。マネージャーなら……」
「もしかして、勧誘してくれてるの？ 悪いけど新しく何か始められるほどの余裕なくて──」
「っ、それでも！」
天馬の真剣な表情を見て、Aも神童も面食らった。
天馬は拳を握りしめ、Aの紫の瞳を真っ直ぐに見つめる。このAに何を言っても解決しないことはわかっているのに、言わずにはいられなかった。
「バイオリンだけじゃなくて、サッカーもやってるA先輩を、俺は知っています。知っているからこそ、戻ってきてほしい。そう思うんです！」
「天馬──」
「一度ボールを蹴ったら思い出すかもれません。ワンプレーだけでも──」
「やめてよ」
怒気を孕んだ声が廊下に反響し、その余韻が消える。
Aは真正面から天馬を見据え、怒りと悲しみに顔を歪ませながら、叫ぶように言った。
「私が今までどんな気持ちでバイオリン弾いてきたか、どれだけ必死にやってきたか、知りもしないのにいい加減なこと言わないで。私にはバイオリン以外ないんだから、サッカーやってる暇なんてないの」
沈黙。
窓から差し込む陽の光が、三人の顔を照らす。
言葉を失った天馬と神童の顔を見てAは我に返り、視線を右往左往させた。
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作者名：キメラ | 作成日時：2022年11月2日 10時
