336 腕の中の温もり ページ29
「なに？」
「Aだよな？ サッカー部のマネージャーで、その、俺のことが好きだって言ってくれた──Aだよな」
私はいよいよもって首を傾げた。急にどうしてそんなことを言うのかわからなかった。
自分は入学した時からサッカー部員だし、神童のことが好きなのも──ずっと変わらない。
「それは、そうだよ……当たり前じゃん」
なんだか小っ恥ずかしかったが、頷く。
神童はどうしてそんなに焦っているのだろう。私は別にどこかに行ったりしていないのに──と思った瞬間。
束の間息が止まった。何かと思えば私は神童の腕の中にいて、強く強く抱きしめられていた。
一瞬で身体が熱くなる。こんな急にスキンシップを取られるとは思っていなかったから、心の準備が全くできていなかった。
誰か来るんじゃないかと思ったけど、周囲に人の気配は感じられなかった。
「よかった……よかった」
そう言う声は震えていた。私はゆっくりと背中に手を回して、優しくさすった。神童の腕の力が少しだけ緩んだ。
神童の柔らかな髪が頬に触れている。胸元で激しく脈打っているのは私の心臓だろうか、それとも神童の心臓だろうか。
「ねえ、本当にどうしたの？」
「なんでもないんだ。ただ……嬉しくて」
なんでもなかったら、こんな急に抱き着くことはしないだろう──いや、ハグしてくれること自体は嬉しいのだけれども。
何が神童をこうさせているのだろう。もしかして私のせいなのだろうか。そう思うと、私の口は自然と動いていた。
「私はずっと神童のそばにいるよ」
神童が顔を上げた。かつてないほど至近距離で目が合う。私は視線を逸らさなかった。神童も同じように、私の瞳を見つめていた。
その瞬間私たちの間に生じた空気は、恋人同士なら多分往々にして流れるものなのだろう。
だけど私の中に生まれた甘い感情はあまりに鮮烈で、今世界にいるのは私たち二人だけなんじゃないかとさえ思った。
神童がほんの少しだけ顔を寄せてきた。私も同じようにした。神童の瞳の中に写った私の姿まではっきり見えるくらいの距離だった。
身体が熱い。神童の服をぎゅっと掴む。もう少し、あと、数センチ──
「神童せんぱーい！」
二人の体が同時に震え、同時に身体を離した。急な外界からの声に、私たちの間に生まれていた空気は一瞬にして弾け飛んだ。
神童の顔は真っ赤だった。私もそれに負けず劣らず、ゆでダコのような表情になってしまっていることだろう。
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作者名：キメラ | 作成日時：2022年11月2日 10時
