331 黒いエネルギー ページ24
周囲を見渡していた神童は、向こうから歩いてくる一人の少女に気がついて目を見開いた。
長い黒髪、紫の瞳。どこか憮然とした表情で、ランドセルを背負ったその子は──紛れもなく五年前のAに違いなかった。
「あの子が、A先輩……」
神童の視線の行く先に気がついた天馬たちも、幼いAに目をやる。ただ、そこからすぐに行動を起こすことはできなかった。
ここからAはどのようにしてサッカーと関わるようになったのか。大きなエネルギーとやらはどのようにAの歴史修正を妨げているのか。目に見える劇的な異変がないだけに、原因の特定が困難だった。
その時、フィールドから歓声が上がった。誰かが得点を決めたのだ。
天馬たちの視線が一瞬そちらに向けられる。Aも同じように、フィールドに首を巡らせかけた瞬間。
世界が止まった。
天馬たち以外の全ての物から色が失われ、動きが固まる。それはまさしくプロトコルオメガの介入の瞬間と同じ現象だった。
「またあいつらが……！？」
「いや、どうやらそうじゃないみたいだ」
身構える神童に対してワンダバはそう言い、フィールドの向こう側の一点を示した。
何の変哲もないベンチ。先程まで何もなかったそこに、紫黒色の影がわだかまっているのが見えた。
「──あれだ。Aさんの内部から生じた、大きなエネルギーは」
左耳につけたインカムのような機械に手を当てながら、フェイが呟く。
この世界で色を持ち、動いているのは天馬たちとその影だけだった。影はおぼろげな輪郭を揺らめかせながら、ベンチに掛けているように見える。
「あれが？」
「確かに、なんだか普通じゃない感じはするけど……」
天馬と信助は首を傾げる。大きなエネルギーと言われても、どこかピンと来なかった。
プロトコルオメガが現れないのは好都合だった。戦わないに越したことはない。
それに剣城兄弟のインタラプト修正時の試合の疲れが抜けきっていない。特にフェイはデュプリをもう一試合の時間維持し続ける体力が残っていなかった。
「よし、とにかく何かアプローチをかけてみよう」
物陰から観察しているだけでは埒が明かない。ワンダバの一言で、一同はゆっくりと影に近づいていった。
神童は歩きながら、モノクロのAに目をやる。Aの虚無的な表情を作るきっかけになってしまったのは紛れもなく過去の自分なのだと、改めて思った。
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作者名：キメラ | 作成日時：2022年11月2日 10時
