847 感謝を込めて ページ40
「あ、ほら、神童も来た」
クロエが指さした方向から神童がやってきた。もうユニフォームに着替えている。
神童は私たちの顔を見比べて──今さっきのやり取りの雰囲気を感じ取ったのだろうけれど、何も追及しないでおいてくれた──口を開く。
「二人とも姿が見えないと思ったら、こんなところにいたのか。試合開始の時刻が迫ってるぞ」
「はーい、すぐ行きまーす」
クロエがちょっとおどけたように言って、一人先に更衣室の方へ駆けていく。
そうして去り際、私にウインクを残していった。神童と二人で話せるようにしてくれたのだ……まったく、こういう気遣いは誰から教わったのやら。
私はその後姿を見送りながら、ぽつりと呟く。
「ちょっと、勇気を注入してもらってたんだ。全力で戦えるように」
「勇気を？」
首肯する。
胸の中に小さな灯火が起こったような感覚があった。それは私の中に確かな柱を作り出していた。
「どれだけ怖くても、敵は待ってくれないから……一歩を踏み出すための勇気をクロエがくれた。過去も、今も、未来も、全部の時代に生きる人たちを救うためにも、絶対に勝たないといけない」
勝利することはすなわち、今まで私たちに力を貸してくれた人たちへの恩返しにも繋がると思うから。
そう言うと神童は「恩返しか。確かにそうだな」と口の中で呟いてから顔を上げる。
「力を授けてくれた人、見守ってくれた人、そして共に戦った人……彼らへの恩返しはやっぱり、サッカーで示さないとな」
胸の中に温かな気持ちが広がる。そうして唐突に──いや、ずっと思っていたことではあったのだけれど──神童が私のパートナーで本当に良かったと思ったのだった。
私たちは更衣室へ向けて歩き出した。このまま立ち話をしていたら本当に遅刻してしまう。
歩を進めてしばらく。私は視線をすいすいとせわしなく動かしながら迷っていたけれど、意を決して口を開いた。
「ありがとう、神童。私の隣にいてくれて」
だけどどうにも照れくさくなって、だいぶ声量が小さくなってしまう。
神童の耳にはやっぱり届かなかったようで、私は何もなかった振りをして前を向く。
そうして女子更衣室に着いた。じゃあ、また後で。そう言って中に入ろうとした私の背中に、
「礼を言うのはこっちの方だ。Aがいてくれたから俺は強くなれた」
声がかかる。
神童の目に、振り向いた私の顔はどう映っていただろう。その言葉は何より強い追い風となった。
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作者名：キメラ | 作成日時：2023年12月28日 11時
