841 ひとときのぬくもり ページ34
と。
クロエがパッと手を離した。そうして両手を上に挙げて大きく伸びをする。
「嘘、やっぱごめん。今の忘れて。結婚してとかそう軽々しく口にしていいことじゃないよね」
今までの雰囲気が嘘だったような、からりとした口調だった。
いつもの笑顔、いつもの態度。今度は剣城がクロエに向かって手を伸ばしかけたが、それは所在なく宙に浮いたままだった。
「中戻ろ。何も言わないで出てきちゃったから、A心配してるかも」
クロエがそう促して一人歩き始める。
一歩、また一歩。後ろ姿が遠ざかっていく。
このままでいいのだろうか。今の会話をなかったことに、有耶無耶にしたまま、明日の最終決戦に臨み……そして遠くないうちに訪れる別れを受け入れていいのだろうか。
クロエが今までにかけてくれた言葉は、あたたかな恵みとなって自分の中に着地していっていた。その礼を、一言でもかけてやらないでいいのだろうか。
そんなことを考え切らないうち。
剣城は──小走りでクロエに追いつき、その身体を後ろから抱きしめていた。
何のためらいもなく、自然にそうすることができた。
この気持ちを恋と呼べるのかどうか、剣城自身もよくわからなかった。だけどこうしなければいけないと──否、こうしてあげたいと、強く強く思った。
クロエが息を呑む気配が伝わってくる。
薄い肩を抱くのに、どれくらいの力を入れたらいいのかわからない。さぞ不格好な抱擁になっていることだろう。
柔らかな手が、自分の手に重ねられる。
少女は前を向いたまま、心底嬉しそうにこう呟いた。
「剣城、あったかい」
二百年後の未来、最終決戦前夜、小さな広場。
少年と少女はこの瞬間を自分たちの思い出に刻みつけるようにして、少しの間触れ合っていた。
＊
翌朝。
身支度を済ませた私たちは、ミーティングルームにて最後の作戦会議を行った。
気持ちは落ち着いている。隣に立つクロエも、私と目を合わせて微笑んでくれた。
ここまで一緒にやってきた私たちには、もう怖いものなどない。そう言ってくれているようでもあった。
最終戦、私はベンチからのスタートだった。
もし誰かが怪我をしても──もちろん何事もないのが一番だが──私がその穴を埋められる。時空最強イレブンの一人として。
戦術会議が終わり、サカマキさんとトウドウ議長が前に立つ。傍には鬼道さんと豪炎寺さんも控えていた。
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作者名：キメラ | 作成日時：2023年12月28日 11時
