840 たらればの吐露 ページ33
すらりと伸びた長い手足。薄桃色に染まる頬。天の川のように流れる銀の髪。
この世界に生まれ落ちたばかりの頃、宿主であるAの後ろにくっついて、時たまべそをかいていた子供は。
幾度もの戦いと挫折を経て、立派な一人の少女へと成長していた。
ともすればクロエが化身であるということを忘れそうになる。
それほどまでに自然にこの少女の存在は、自分の心の奥の柔らかい部分に入ってきているようであった。
「あのね」
クロエが呟き、ガードレールから身を離す。
その瞳が真剣そのものだったので、剣城もなんとなく背筋を伸ばした。
「ゆっくり話せるの、多分今しかないから言うんだけど」
クロエの細い小指が伸びて、剣城のジャージの裾をほんの少しだけ摘まんだ。ひどく控えめな仕草だった。
冷たい夜風が吹き抜けて、二人の髪を靡かせる。
クロエの唇が動いた。そうして紡がれたのは、
「もし私も剣城も来世で運よく人間に生まれ変われたらさ──私と結婚してくれる？ なんて」
あまりにも唐突で清廉で、行き場のない告白だった。
剣城は何も反応することができず、クロエの横顔を見つめるしかなかった。どういう行動を、言葉を返せば正解なのかが、てんでわからなかった。
少女は、今までに。自分の膝の上に平気で座ってきたり、足にしがみついてきたり、手を繋いだりしてきていたのに。
今、こうして小指だけを差し出しているのは……心が大人になったから、というだけではないのだろう。
そしてクロエは確かに『来世』と言った。
自分の命──肉体を保てるか否かのタイムリミット──が残り少ないことを悟っているのだ。
もちろんいつか別れが来るであろうことは覚悟しているつもりだった。剣城にとっては覚悟を決めなければ受け入れられない事実だった。
「ブーケトスのブーケ」
急に出てきた単語に首を傾げかけた剣城だったが、すぐに思い至り、小さく息を呑む。
それはAの姉、純の結婚式での最後のこと。
錦に肩車してもらったクロエが、見事ブーケをキャッチした。その時の弾けたような笑顔を、剣城は昨日のことのように思い出すことができた。
「ジンクスだってことはもちろんわかってるよ？ でも言うだけタダかな、って……」
少女の手の震えがジャージから伝わってくる。
クロエがどんな気持ちで告白してきたのか、心の中を覗くことができたらどんなにいいか。だけどその整った顔をどれほど見つめても、何も浮かび上がってはこない。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 288人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：キメラ | 作成日時：2023年12月28日 11時
