834 小さな覚悟と ページ27
「──嬉しかったやんね、うち。Aとお喋りしたり、サッカーしたりするの」
そんな沈黙を黄名子が破った。
視線を向ける。私より低い位置にあるその顔は、なんだか昨日よりずっと大人びたもののように見えた。
「同じ女の子のサッカープレイヤーとして、一緒にフィールドに立ててよかった。Aとの、みんなとの思い出があったら、うちこれからも頑張っていけるやんね」
「そんな、もう終わりみたいなこと──」
反射的に口走った言葉を呑み込む。
終わり、なのだ。明日の最終決戦が終われば。
黄名子やフェイは、それぞれの時代へ帰る。私たちの生が交わることはもうない。
私は少しだけ話を逸らした。自分の歩幅がゆっくりと狭まり、やがて止まる。
「怖く、なかった？」
「え？」
「自分の未来をいきなり知らされて。生まれてもいない息子のことを守ってくれなんて言われて……」
振り向いた黄名子の、亜麻色の髪が揺れる。
どんな気持ちでフェイと接していたのだろう。どういう覚悟を持って、私たちの時代に一人でやってきたのだろう。
うーん、と可愛らしく唸りながら黄名子は天井を見つめていたけれど、やがて私の方を向いて恥ずかしそうにはにかむ。
「正直怖かった。なんでうちなんだろう、なんでそんな大変な役目を負わなきゃいけないんだろうって、話を聞いた後は一人でちょっとだけべそかいちゃったやんね」
それはなにも、恥ずべきことではない。そんな突拍子もないことを告げられたら誰だって混乱する。
中学生の女の子が、まだ見ぬ我が子への母性を芽生えさせるというのは……もちろん尊いことではあるのだろうけれど、伸し掛かる責任があまりにも重すぎる。
「でもタイムジャンプしなかったら、こうしてAたちと知り合うこともなかった。だから感謝してるやんね。おかげでとっても素敵な経験ができた」
顔を上げる。十代の女の子の、あどけない笑顔がそこにはあった。
そう──どれだけ運命に翻弄されようが、生まれた絆は、思い出はなくなったりしない。それはその人の中でずっとずっと輝き続ける。
自分の右手がピクリと動く。不意に黄名子を抱きしめたくなったけれど、すんでのところでやめた。そんなことをしても困らせてしまうだけだ。
代わりに微笑みで返す。身体の中に手を突っ込まれて、肺のあたりをきゅっと握られるような感覚があった。
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作者名：キメラ | 作成日時：2023年12月28日 11時
