803 小さな異変 ページ46
「──Aの言うように、敗北は許されない。勝つためだ、後半戦は俺の指示に従ってくれ」
重みのある神童の言葉も、とりあえずは聞き入れられたようだった。
最低限、チームとしての体裁を保つのがスタートラインだ。そこから個々人の高い能力を活かして、どう巻き返していくか。
「ありがとう、A」
小声で話しかけられ、私は首を巡らせる。安堵と決意が混ざったような表情がそこにはあった。
キャプテンはチームに一人しかいない。しかしそのキャプテンを、本当は他の十人が一丸となって支えるべきなのだ。
神童に言葉を返そうとしたとき。
「雑魚はつるまないと何もできないってことだな」
一人ベンチに掛けたザナークが、腕組みをしながらそう言った。
真っ先にそれに反応したベータが、これ見よがしに人差し指を立てる。
「偉そうに。貴方だって一点も取ってないですけど？」
「なに……？！」
「まあ、やる気ですの？」
ひとつになりかけていたチームが、再び分裂しようとしている。
しかしその間に神童が入ったので、言い争いになることは免れた。エルドラドのメンバーは各々その場から立ち去っていく。
「いやあ、スカッとしたなあ！ A先輩がガツンと言ってくれたおかげで！」
ベータたちが完全に遠ざかったのを確認して、狩屋が晴れ晴れとした表情で言った。
私は肩を竦めてから狩屋に向き直り、厳しすぎる口調にならないよう気を付けながら注意を投げかける。
「狩屋も他人事じゃないよ。前半戦のベータとの競り合いは、いいプレーとは言えなかったから」
狩屋はその時のことに思い至ったのか、ぎくりと肩を震わせていたけれど、最終的には「すんません……」と小声で謝ってくれた。
まあ、気持ちもわからなくはない。ああも連携を乱されたらムカついて、やり返したくなるだろうから。
「ザナーク？」
と。一連のやり取りを眺めていたクロエが唐突に呟いた。
私は顔を上げる。そのザナーク本人は、ベンチの上で足を組んでむっすりと黙り込んでいた。クロエの呟きは幸い耳には入らなかったらしい。
「どうしたの？」
「いや、なんか一瞬体調悪そうに見えたから……ま、いっか」
クロエはすぐに気を取り直して私の中へ戻っていく。
私は左胸の稲妻のエンブレムに触れようとして──今自分が着ているのがエルドラドのユニフォームだということを思い出した。この仕草は自分の中でいつの間にか、必要不可欠なものになっているようだった。
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作者名：キメラ | 作成日時：2023年11月5日 21時
