762 静かな激励 ページ5
「ありがとう。あの言葉が、私のやるべきことを教えてくれた」
足を止めずに戦うことができた。信じて一緒に駆け抜けてくれたから、技を完成させることができた。
そう言うと神童は、微笑んでくれた。
「Aが、『これからもずっとみんなの隣を歩いていく』って言ってくれたから……今度は俺がAを引っ張り上げる番だって思ったんだ」
じんわりとした嬉しさが胸中を満たしていく。
ありがとう、ともう一度言いかけた私は、しかし言葉を呑み込んだ。
感謝してもしきれないなら──この気持ちは言葉ではなく、これからのプレーで示していこう。そう心に誓った。
「あ、そうだ……
不意にクロエがそう言って周囲を見渡した。
私もその姿を探して──そして、胸を撫でおろす。
クロエが真っ先に駆け寄っていく。なんだかんだ言いながらも、難升米のことを心配しているんだな……そう思いながら私も後を追った。
難升米は私たちに視線を留めた。きっと試合を見ているときも、その無表情は一切崩れなかったのだろう。
「見た？ 私の相棒の活躍！ もう弱いとかお荷物とか言わせないから！」
「私はそういった単語をAに対して言っていない」
……淡々とした喋り方も、やっぱり数日捕らわれの身になったくらいでは変わっていない。
「あんたねえ……」と眉を吊り上げるクロエを、天馬がまあまあと宥めている。
一方で私は。呆けた表情をしながら、難升米の前に出た。
「覚えててくれたの？ 私の名前……」
琥珀の双眸がこちらを向く。そうして頭からつま先までにサッと目を走らせて──『汚い格好だな』とでも思っているのかもしれない──口を開いた。
「私は一度会った人の顔と名前は忘れない」
「あ、ああ、そうなんだ……今まで『あなた』って呼ばれたことしかなかったから、てっきり」
難升米は数秒、地面に目を落とした。そうしてゆっくりと顔を上げる。
「今の試合でのAの動きは、よかったと思う。まだ完璧ではないけれど、余計な迷いがなくなったように見えるからその分洗練されていた。それを維持できるように頑張って」
──何を言われたのか咄嗟には理解できなかった。
だけどこれが難升米なりの褒め言葉なのだと気づき……私はしっかりと頷いた。
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作者名：キメラ | 作成日時：2023年11月5日 21時
