Word.0019 狼狽 ページ19
「コトハちゃん？！」
「おい、大丈夫か！」
誰かの手が背中に置かれた。それでも世界はぐるぐると回っていて、私は胸を必死に掻き毟る。
女性、女性、女の人。形容しがたい恐怖が、私の喉笛を食い破らんと襲いかかってくる。
周囲の慌ただしい物音も、ノイズがかかったようになってぐちゃぐちゃに脳みそを掻き回した。
と、その時。誰かに両肩を掴まれ、無理やり前を向かされた。ハジメだった。
「こいつは俺の弟──男だ！ よく見ろ！」
無理やり引っ立てられ、アクリルガラスに半ば顔を押し付けられる形になる。
嫌だ、嫌だ、怖い。いやいやをするように首を横に振りかけた私だったが、その女の人のある一点に目が留まり、はたと動きを止めた。
喉仏がくっきりと出ている。それは女性にはない身体特徴だった。
「どうしたの、大丈夫？」
その声も、いくらか高くはあったが、声変わりした成人男性のもので。
目の前にいる人が男性だとわかると、私は一瞬で平静を取り戻した。気が抜けてその場にへたりこんでしまう。そんな私の周りにみんなが集まってきた。
ハジメは盛大に溜息をつき、その人に向かって言う。
「仁志、悪ぃけど今日は帰れ」
「え、うん……じゃあまた来るからね」
仁志と呼ばれた人は私たちに会釈すると、部屋を出ていった。
部屋に沈黙が流れる。ジューゴがおろおろとしながら、私の顔を覗き込んできた。
「大丈夫……なのか？」
私は唾を飲み込んで頷いた。ウノに支えられながらゆっくりと立ち上がる。
暴れていた心臓が、ゆっくりと元のペースで拍動し始める。ニコからスケッチブックとペンを受け取って、手の震えを何とか抑えながら私は文字を書いた。
『女の人を見ると、ああなっちゃう』
ハジメ以外の全員が顔を見合せた。私は唇を噛んで視線を伏せる。
南波刑務所に収容されている囚人は全て男だ。
ではなぜ女の私がここにいるのかというと、私が極度の女性恐怖症だからだった。
それは私が覚えている、自分についての数少ないことだ。しかしやっぱり、その女性恐怖症に陥るに至った理由はさっぱりわからない。絶対に何かきっかけがあるはずなのに。
とにかく女性……特に二十代から四十代ほどの人を前にすると、動機と息切れと発汗が止まらなくなってしまう。そういう事情があって、私は特例で男子刑務所に入れられることになった。
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作者名：キメラ | 作成日時：2023年6月22日 16時
