712 人でなかろうと ページ5
場に似合わない、湿っぽい沈黙が食卓に流れた。
私は困惑していた。昨日といい今日といい、どうしてクロエはこんなことを言うのだろう。これじゃあまるで、みんなにお別れを告げているみたいだ。
「クロエが、どうやら人間ではないと気づいた時……私も母さんも純も、『不思議なこともあるもんだ』程度にしか思わなかった」
父さんはコーヒーを一口すすった。そうしてクロエの瞳を真っすぐ見つめたが、やっぱり気恥ずかしくなったのか、テレビに目を向けて言う。
「A家にとっては、そんなの些事だ。クロエの帰る場所は今までもこれからもうちでいい」
「そーそー、お父さんの言う通り！ クロエはこーんなに可愛いんだから、もっと厚かましくなったっていいんだよ？ あのブランドバッグ欲しい〜とか門限もっと長くしろ〜とかさ」
「別にそういうことは思ってないけど……」
クロエは姉が大げさに言ってみせるのに笑った。
こんな団欒は心地いいひと時だった。
けどクロエが一家に加わってから、実際は一か月も経っていないのだ。もう何年も一緒にいる気がしていたのだけれど、幾度にも渡るタイムジャンプで時間の感覚が狂っているのかもしれない。
「ブランドバッグとかは置いといて……困ったことがあったら言ってね。母さんたちが力になるから」
そう言う母さんの眼差しは、しかしどこか儚げだった。
クロエは嬉々とした笑顔で頷き、トーストの最後のひと口を頬張った。
＊
ミーティングルームに全員が揃ったのとほぼ同時に、豪炎寺さんがやってきた。大介さんが浮かんできて、淡く発光する。
「おお、豪炎寺。急な頼みを聞いてもらって悪いな」
「いえ、お気になさらず」
豪炎寺さんはテーブルの上に、持っていた袋を置いた。中から出てきたのは布に包まれた平べったいものだった。
「今回のアーティファクトは神獣鏡だ。卑弥呼が愛用していた品とされている。彼女は熱心な銅鏡愛好家で、数百枚もの鏡を所有していたという説もある」
それは長い年月を経たと一目でわかる、全長二十センチほどの円形の物体だった。
中心に半球が据えられていて、それを囲むように精緻な模様が、二重三重に渡って彫られていた。
神獣鏡と言うからにはそれをモチーフとしたものなのだと思うけれど、抽象的すぎてよくわからない。
裏返して鏡面も見せてもらったけれど、当然のことながら錆びきっていて、何も映らなかった。
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作者名：キメラ | 作成日時：2023年9月29日 12時
