【イナクロ】君へ贈る旋律第十六楽章【神童拓人】 (ページ37)

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日之芽(ひのめ)さんは忙しい予定の合間を縫って、私たちの練習の様子を見に来てくれた。昨日「彼らの指揮権及び責任は全て私が持つ」と言っていたのは、真摯な思いに裏打ちされたものだった。

実質的な監督の座を奪われたワンダバは、いつものように項垂れていた。ワンダバが存分に采配を振るえる日は果たしてやってくるのだろうか。

驚くべきことに日之芽さんは、私たちの時代でも稀に見る腕の良い監督として、私たちを指揮した。

僅か十五分ほどでサッカーにおける戦術を理解し、私たち一人一人の得意不得意を整理して、的確に指示を飛ばす。

──この人にできないことなど、あるのだろうか。頭の端でそんなことを思いながら、足を動かす。

この日の私は、不調というわけでもなかったけど、好調でもなかった。ボールを奪える時もあったり、取られる時もあった。

百パーセントの力を出し切れない、という感じだろうか。もちろん試合本番のために、ある程度の体力は残しておかなければいけないけれど……。

「もしかして、難升米(なしめ)に言われたことが？」

剣城に小声で問いかけられた私は、「そう、かもね」と曖昧に返す。

──「このままだといつか貴方がきっかけになって、取り返しのつかない敗北を喫する」……。

あの言葉には悪意も嘘も誇張もなかった。どこまで行ってもまっさらな事実であり、だからこそこんなに私の心に堪えている。

難升米は今、どうしているだろう。心細い思いをして、涙を流してはいないだろうか。彼女の泣き顔はうまく想像できなかったけれど。

それこそクロエの言ったように、適地を抜け出して邪馬台国へ帰ってくるかもしれない。しかしやっぱり、そううまくいけば世話はないのだった。

＊

その日の夜。みんなが寝静まったのを確認した私はユニフォームに着替え、そっと寝室を抜け出した。

サッカーボールを手に、館の裏手の林へ。準備体操をしてから、木々の間を縫うようにドリブルで駆ける。

戦国時代で神童が、白亜紀でフェイが一人で特訓していた理由が分かった。じっとしていられないのだ。

できることを全てやっておきたい。試合までに心残りを残したくない。そんな思いが私の身体を突き動かしていた。

五往復ほどドリブルをしてから、私は膝に手をついて息を整えた。

そこで水を持ってくるのを忘れたのに気が付く。少し面倒だけど取りに戻ろうと踵を返しかけた時。