743 離さない ページ36
「凄いよ、Aは」
迎賓館へ戻る道すがら。後ろの方を歩いていた私に、神童がそう声をかけてきた。
月の光はすっぽりと隠されてしまったので、足元はもちろんすぐ隣にいる神童の表情もうかがえない。神童は前を向いたまま、
「
「あ、いや、あんなのは……」
勢いだけで乗り切れたようなものだから。そう言おうとしたのを、神童の次の台詞に遮られる。
「なんだか、Aがどんどん遠くへ行ってしまうような気がしてしまったんだ」
遠く、へ。
そう思わせていた？ 私はその時その時の最前の行動を自分なりに選び取っていただけだったけど……それが神童の中に、言いようのない寂寞感を生んでいたということなのだろうか。
私は神童を置いていったりなんてしない。この気持ちはしっかり言葉にして伝えなければいけないと思った。
「──行かないよ」
私は言いながら手探りで、神童の手を掴もうとする。だけど空振りして、思いっきり背中を小突いてしまった。
早口で謝って、今度はしっかり手を握る。肝心なところで締まらないのが、なんとも情けないけれど。
「私はこれからもずっとみんなと、神童と一緒に隣を歩いていく。もし不安なら……こうやって手繋いでたら、離れ離れにはならないから」
言ってから、多分神童が思っているのはこういうことではないのだと気づいたけれど、時すでに遅し。
それでも神童は微笑んで──そういう空気があった──手を強く握り返してくれた。
「ああ。一緒に、前へ進んでいこう」
私はそれにしっかりと頷く。
エルドラドとの戦いも、きっと折り返し地点を過ぎているだろう。あともうひと踏ん張りだ。勝利して、サッカーを取り戻してみせる。
ふと周囲が僅かに明るくなった。見れば影からほんの少し顔を出した月が、柔らかに地上を照らし出しているのだった。
＊
翌日から早速集中特訓が始まった。
練習できるのは二日間しかない。それまでに少しでも技の練度や連携を高めて、パーフェクト・カスケイドを迎え撃つ。
全員気合十分だったが、一番奮起しないといけないのはもちろん私だ。余計なことは考えず、力をつけることに集中しなければ。
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作者名：キメラ | 作成日時：2023年9月29日 12時
