742 消える月光 ページ35
天空に上る月。三十分ほど前に見た時は確かに満月に近い形をしていたのに──今のそれは、三日月に近い状態になっていた。
見間違い、ではない。この時代の公転周期は、私たちの時代よりずっと早いのか？ いや、そんなわけもない。
──月食だ。太陽と地球を結ぶ線上に月が来て、地球の陰の中に入ったのだ。数年に一回見られるか見られないかという自然現象を、まさか今この時に目の当たりにするなんて。
「なんだ、あれは？」
「月が……どうなってるんだ？！」
「おい、何か良くないことが起こるんじゃないか？」
兵士たちがざわめいているのは、その『月食』という未知の現象に恐れおののいているからだ。
見れば
私は空と兵士たちを交互に見比べた。こうしている間にも、どよめきはどんどん大きくなっていく。
この場を収めるにはどうしたらいい。兵士の心を再び一つにするには……。
その時不意に、私の中に小さな稲妻が落ちた。
月食という現象を、逆に好転のきざしと思い込ませることができれば。今この時だけでいい。騙すようなことをするのは忍びないが、それ以外に選択肢はない。
私は腹を決め、息を吸い込んだ。
「──これは吉兆です！」
突如響いた大音声に、水の波紋が広がるかの如く場が静まり返る。
急にしゃしゃり出てきた小娘を前にして、兵士たちは混乱している様子だった。私は彼らに考える暇を与えないよう、すかさず畳み掛ける。
「月が隠されたということは、えっと……太陽が威光を振るうということです！ 日ノ巫女様の御力が増して、だから、私たちは勝ちます！！」
我ながらむちゃくちゃな理論だ。だけど何もしないよりはよっぽどいい。
私だってこの月食を吉兆と思いたい。ただの自然現象だとはわかっていても、そうこじつけたくなる。
肩に手を置かれた感覚がして振り向くと、日之芽さんが私に向かって頷きかけてくれた。女王はそのまま前に出て、両手を大きく広げる。
「彼女の言う通りだ──これは天照大神様からの良き報せである。我らの決起に合わせて、勝利を約束してくださった。陽光の女神様が邪馬台に微笑みかけてくれれば、もう恐れるものはない。力を合わせて共に守り抜こう──我らの愛するこの国を！」
その一言で兵士たちの顔は引き締まった。日之芽さんは兵士一人一人の顔を見て、決意の表情をあらわにする。
こうして、決起集会は幕を閉じた。
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作者名：キメラ | 作成日時：2023年9月29日 12時
