711 あの日の子守唄 ページ4
クロエは「冗談だよ」と、ころころと笑った。
「全部Aと、みんなのおかげなんだ」
そうして目を閉じ──小さな声で歌を歌った。柔らかで優しい旋律。
私は自分の口元がほころぶのを感じた。それは私が、いつかの日にクロエに歌ってあげた子守歌だった。
私の歌よりずっとずっと上手い。ミュージシャン的な才能もあるのだろうけれど、魂の奥深くに自然と入ってくるような、染み入る歌声だった。
まどろみ始めた私の頭に、ふと一つの考えが浮かぶ。
──私がクロエを生み出したんだと思っていたけれど、本当はクロエが私のことを見つけてくれたのかもしれない。
信じることを教えてくれた。背中で支え合うことを教えてくれた。前を向いて歩く方法を教えてくれた。全部、クロエがいなかったらわからなかったかもしれない。
クロエの歌声が、段々切れ切れになる。クロエが歌うのをやめようとしているのではなく、私の意識が途切れ始めているのだ。
それから結局五分もしないうちに、私は眠ってしまった。
中学生にもなって子守歌で眠らされるとは思っていなかったけれど、とても穏やかな気分で夢の世界に滑り込むことができた。
＊
翌朝、私は気持ちを引き締めて朝の身支度をした。
必ず卑弥呼のオーラを手に入れてみせる。そんな意志が、熾火のように胸に疼いているのを感じる。
全員が揃った朝の食卓で一番最初に口を開いたのは、クロエだった。
「ありがと、私をA家の一員にしてくれて」
父さんと母さんと姉は、きょとんとしてクロエの顔を見つめた。
クロエは一斉に注目を集めて恥ずかしくなったのか、天気予報を映しているテレビに視線を向けながら言う。
「毎日の出来事を聞いてくれたりとか、ご飯作ってくれたりとか。そういう毎日のことが、すごい嬉しかったんだよ」
私は耳を赤くしたクロエを見つめながら、トーストを頬張る。
クロエが生まれた時……世界を知りたい、家族を知りたい、そういった強い願望が世界に反映され、A家のみんなはクロエのことを家族と認識するようになった。
だけどその効果も時が経つにつれ薄れていった。けれどクロエはそのまま、うちで過ごした。既に家族として受け入れられていたから。
「何言ってるの、クロエはクロエじゃない」
「人間じゃない相手に、ここまで優しくできる人なんてあんまりいないよ」
クロエは肩を竦めて、母さんにそう言ってみせた。
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作者名：キメラ | 作成日時：2023年9月29日 12時
