735 燃ゆる心 ページ28
「っ、俺が──」
前に出かけた神童の肩を、私は咄嗟に掴む。
俺が、代わりに。神童の言いたいことは察せられた。その気持ちは痛いくらい、心に食い込んでくる。だけど今は……その好意に甘えることはできない。
「これは私がやらなくちゃ駄目。
神童の目が大きく見開かれる。
恐怖も焦りも胸の奥深いところへ沈み、その上に静かな水面が広がっているみたいだった。
「時空最強の力を手に入れるためなら……サッカーを救うためなら、私は炎の道だって歩いてみせるよ」
道の前に立つ。煙で咳き込みそうになるのを堪え、私はお腹の前で両手を組んだ。
大丈夫、私ならできる。私にしかできない。
一歩を踏み出す。私の名前を呼ぶ、悲鳴じみた声が後ろから聞こえた。
ざらついた感触が右足の裏に伝わる。それだけだった。熱を感じない。うねる炎は確実に、自分の膝のあたりまでを呑みこんでいるのに。
左足を前に出す。熱くない。周囲から音は一切消えていた。みんなが何か言う声も、木々のざわめきも、足元の炎が爆ぜる音も、何一つ私の耳には届かなかった。
三、四歩。前に進む。火が服に引大することもない。何かに守られているというよりかは、私自身が炎となっているような感覚があった。
そうして地面から火が消えた。渡り切ったのだ。
後ろを振り向けば、みんなの呆然とした顔が見える。その地点からここまで、十メートルほどの炎の道を、私は歩いたのだ。
ゆっくりと世界に音が戻っていく。息を吸い込んだ私はたたらを踏み、その場に尻餅をついた。
「A！！」
みんなが私の方に駆け寄ってくる。
大丈夫か、と声をかけられながら肩を揺さぶられても、私は呆然としていた。
今更冷や汗がどっと噴き出す。正気に戻った感覚があった。私は、火の上を、歩いたのか？ 火傷も負わず？ そんな無理難題を引き受け、やってのけたというのか。
そりゃあクロエもあんな顔をするし、神童も自分が身代わりになろうとするというものだ。
ともかくこれで、日之芽さんの力を借りられるはず。そう思って大人たちの方を向き──虚をつかれる。
日之芽さんたち三人は、一様に驚愕の表情を浮かべていた。
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作者名：キメラ | 作成日時：2023年9月29日 12時
