734 無謀だとしても ページ27
誰も何も言わなかった。私を含め、この炎の道が指し示す意図をはかりかねて呆然としている。
周囲に水の入った桶を持った兵士たちが待機しているのは、一体何のためか。
汗の滲んだ手をぎゅっと握りしめる。飲みこんだ唾すら、炎に焼かれて蒸発してしまったかのように思えた。
「その道の上を端から端まで歩いてみせろ。小走りで駆けようなどと、浅はかなことは考えるなよ」
前に進み出た
心臓が大きく脈打った。視線が炎に釘付けになる。それは悪魔の舌めいて、私をあざ笑っているように見える。
「火の上を渡れっていうんですか？ いくらなんでも無理でしょう！」
「無理かどうかはその少女──Aくん自身が決めること。もっとも出来ぬというのなら、 私が君たちの力になることはない」
霧野の反論も、ぴしゃりと打ち据えられる。
そう、常識的に考えて無理難題だ。人間の身体は火に耐えるようにできていない。やけどというのは、火による傷と書く。
だけど──それでも。私はこの道を渡れるだろうという不思議な確信があった。根拠はない。この感覚は、アーサー王の世界で味わったのと同じだった。
「こんな無茶な要求、呑む必要ないですって！」
「そうですよ！ 危険すぎます！」
狩屋と信助の声が届いても、私の意志は変わらなかった。
顔を上げて日之芽さんと対峙する。日之芽さんが一瞬なぜか息を呑んだように見えたが、構わず口を開く。
「渡り切れたら……力をお貸ししてくれますか」
「Aっ！」
右腕をクロエに強く捕まれる。
反射的に、平手打ちされた時の記憶がよみがえった。私はクロエの手に手を重ねて、一言ひとこと区切るように言った。
「大丈夫、自棄になってるんじゃない。何言ってるんだって思われるだろうけど……絶対にできる」
クロエの目が驚愕に見開かれる。
正気なのか──悲痛に歪められた顔がそう言っていた。ひょっとすると私はおかしくなっているのかもしれないけれど、それでもここで諦めればどのみち未来への道は断たれる。
「それに、兵士の人たちがああやって水桶を持って待機してくれている。大事にならないように日之芽さんが工夫してくれたんだと思う。だから大丈夫、死んだりすることはない」
冷静に考えることで、周囲の状況も観察できた。
日之芽さんは私を殺そうとしているのではない。それがわかっただけでも、私はこの試練に挑もうと思えた。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 252人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：キメラ | 作成日時：2023年9月29日 12時
