710 過ちさえも ページ3
「娘にとってかけがえのないものを、親が取り上げることはできないな」
父さんがそう言うのを見た母さんも、表情を和らげた。
「やるなら全力でね。いや、Aならもう、きっとたくさん頑張ってるか」
──その瞬間自分が、いかに家族に恵まれているかを知った。
ここで何かかっこいいことを言えたらよかったのだろうけど、感極まった私の頭の中には、まったく文章が浮かんでこなかった。
目に涙をいっぱい溜めながら「ありがとう」と、うわごとのように何度も呟く。
わがままを許してくれた父さんと母さんに。私のことを応援してくれていた姉に。そして今までずっと、一番近くで一緒に戦ってきてくれたクロエに。
感謝の言葉は、何度言っても言い足りなかった。
＊
「私さ、宿主がAでよかったよ」
その夜、私の部屋で布団を敷いて横になっていたクロエが言った。
私は仰向けになったまま、目だけでクロエの方を見る。そんなことを言われるのはなんだか気恥ずかしかった。今日のA家は、なんだかいつもと違う。
「急にどうしたの？」
「なんとなく。今までを振り返ってさ」
そっか、それはよかった。そう軽く返そうかと思ったけど、なんだか憚られてしまう。
そのうちクロエは起き上がって、私の方にやってきた。ベッドに肘をついて私の方を覗き込んでくる。
「辛いことも苦しいこともあったけどさ、それもひっくるめて大事な思い出。昔は『嫌なことなんて早く忘れたい』って思ってたけど、やっぱり私が生きて体験してきた全部を覚えてたい」
雲間から顔を出した月が、クロエの顔を照らす。私はその青い目に釘付けになった。
初めて会った時のクロエの瞳は、健気で無垢で──そう、例えるなら、初めて親鳥を見た時の雛みたいな。
だけど今は違う。ひょっとしたら私より大人びているかもしれないその双眸は、色んな経験を経て、地に足が付いたものに変わっていた。
「死ぬことについてもそんなに怖くなくなった。結局化身がどういう風に死ぬのかはわからないけど、私はきっとその時を、穏やかな気持ちで迎えられると思うんだ」
「……じゃあ私、とりあえず頑張って長生きしてみるね。そうしたら私の中のクロエも、私の目を通して色んなものを見れるかもしれない」
「おばあちゃんになってもサッカーして、私の力を使ってよ」
「えっと……それはちょっと約束しかねるけど」
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作者名：キメラ | 作成日時：2023年9月29日 12時
